約 1,709,769 件
https://w.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/456.html
kuroneko_daten ……闇に生きるものたちの時間よ kirino_kousaka こんばんわー kirino_kousaka iPhoneアプリ『俺の妹iP』がアップデートして、新しく「黒猫」が選べるようになったわ http //news.dengeki.com/elem/000/000/349/349276/ kirino_kousaka みんなバージョンアップしてくれた? kirino_kousaka 「どこを触っているのかしら」って言わせんの楽しいよw黒猫ファンは450円払ってやって。 kuroneko_daten 黙りなさい無料アプリ。地獄に堕とされたいの? kirino_kousaka 色々メニューが増えたっぽいけど、あたしも使い方しらないんだよね。「黒猫との想い出」とか、なんだろ? kuroneko_daten 私たちとのイベントが記録されていく、ということかしら? kirino_kousaka 分かんない。想い出をストックするやり方が分かったら、教えてね>みんな kuroneko_daten 公式ツイッターにあるまじきユーザー頼みっぷりね。 kuroneko_daten 話を戻すと、キャラクターチェンジの他、スケジュールや目覚まし機能、誕生日設定機能なども付いたようね。 kirino_kousaka グーグルカレンダーと同期できるようになるまで、あたしは褒めないよ。 kuroneko_daten アップデートしてくれた人たちのレビューを楽しみにしているわ。 kirino_kousaka 今日は寝る。明日も呟くかも。 kirino_kousaka おやすみ~ kuroneko_daten おやすみなさい
https://w.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/644.html
台詞 頭のサイズを教えなさい 解説 京介一人称の原作小説では聞くことの出来ない桐乃&黒猫の最後の電話の内容 頼まれていたネコミミを作るべく、桐乃の大きくて丸い頭のサイズを聞いた サーバーのメンテでメールも使えない状態だったが、 異能の力によって桐乃の留学を予知 出発前日の深夜0時~秋葉の総武線千葉行き終電までの時間帯に桐乃と連絡を取ることに成功 黒猫が京介と同じ高校へ入ること、桐乃が京介と並んでエロゲをやったこと(やること?)等を話す
https://w.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/326.html
『黒の結末 -桐乃SIDE-』 ---------- 40スレ目285『黒の結末』の桐乃視点verを書いてみました。 前日譚といったところでしょうか。 少しでも楽しんで頂ければ。 ---------- 「で、結局あの"キスした"ってのはなんだったわけ?」 『ふん、ただの呪いだと言っているでしょう』 「それがわけわかんないって言ってんの」 『いいじゃない。それに、キスと言っても頬に軽く触れた程度よ』 「でもさ……」 あたしは何度目になるか分からない質問を黒猫に投げた。 返事はいつもの通り。 結局“キス”の真相は教えてくれないんだよねぇ、コイツ。 『それより、クリスマスプレゼントは考えたの?』 「あぁ、うん、もう用意したよ。ふひひ」 『……エロゲーじゃないでしょうね』 「さすがにない」 その後、いつものようにくだらないことで罵りあって、電話を切った。 「はぁ……」 あたしはため息をついた。 机の上の小箱をひらいた。 この中には、あたしがもっているアクセサリーの中でも 特にお気に入りのものが入っている。 その中からあたしが取り出したのは―――ピアス。 去年のクリスマスイブに兄貴に買ってもらったものだ。 「あれからもうすぐ一年か……」 手のひらの上でピアスを転がしたり、つまんで眺めながら あたしはぼやいた。 そして同時に、親友の顔を思い浮かべる。 「黒猫と兄貴……か」 あのバカ兄貴には、黒猫はもったいないくらいいい娘だ。 心の底からそう思う。 兄貴も黒猫のことが好きだし、黒猫も兄貴のことが好きで。 なのに……やっぱり。 ―――兄貴に恋人ができるなんて、嫌だ。 こんなのワガママだってのは、分かってる。 自分のことじゃなければ、どんなブラコンだよって思う。 黒猫が兄貴を好きな気持ちも、本物だって分かってる。 応援してあげるのが友達だろうって思う。 『俺死ぬかもしれない』 兄貴がアメリカまで来て、あたしに言った言葉。 頭では、どんなシスコンだよって思ってたけどさ。 あの時の兄貴は、ちょっと格好良かった。 あたしも、もしかしたら少しブラコンなのかもしれない。 『お前に彼氏ができるまで、俺も彼女を作らない』 これも兄貴の言葉だ。 正直、すごくうれしかった。 黒猫より、地味子より、あたしを一番に見てくれてると思った。 「はぁ……」 なのになんでだろう。 今はこんなにため息が出る。 あたしは自分でも分からない胸のモヤモヤを抱えたまま、 ベッドに飛び込んだ。 ―――黒猫は、なんで兄貴にキスなんてしたのかな。 * * * 「きりのちゃん?」 それは、いつもの丁字路を歩いている時だった。 ぼんやり考え事をしていると、うしろから声をかけられた。 振り返ると――― 「じ……ま、まな……みさん。こんにちは」 地味子に遭遇した。 チッ。 「うん、こんにちは」 「それじゃあ」 「ま、まって」 立ち去ろうとするあたしを、地味子は呼び止めた。 いったいなんだってのよ。 「きりのちゃんに話があるの……ちょっと時間、ある?」 * * * 地味子と二人で、近所の公園のベンチに座る。 子どもの頃は、兄貴や地味子とも、よくここで遊んだ。 この公園、こんなに狭かったっけ。 昔は、もっと広く見えてたけどさ。 そんなことを考えていると、地味子が話しかけてきた。 「この公園も、なんか狭くなっちゃったね」 「は?広さは変わらないと思いますけど」 「ふふふ、そうだねぇ」 あたしの言葉を柳のように受け流す地味子。 や、やりにくい……。 あたしはさっさとこの場を切り上げたくて、地味子に話しかけた。 「それで、話ってなんですか?」 「うん……」 地味子はまっすぐにあたしの方を見る。 「ねぇ、きりのちゃん……」 「……はい」 「いつまで、きょうちゃんを縛り付けておくつもりなの?」 「―――!?」 柔らかい口調で、穏やかな空気をかもし出しながら。 それでもハッキリと地味子は言った。 「今はいいかもしれないよ。お互いに恋人を作らないって言ってても」 「……」 なんであんたがそんなことまで知ってんのよ。 ―――って、まぁ兄貴が相談でもしたんだろうな。 「でもね、いつかはきょうちゃんも、好きな人ができる。結婚もする」 「……そんなの言われなくても」 兄貴の好きな人なら……もういる。 それでも、兄貴に恋人が出来るのが嫌で嫌で仕方なくて――― 「黒猫さんは、どう思ってるのかな?」 「―――!!」 「きりのちゃんが我慢しないってことは、代わりに誰かが我慢してるんだよ?」 「そ、それは」 「黒猫さんはきりのちゃんの事が大好きだから、気を使ってるんだよ」 ……そうだ。 ずっと考えていたことだった。 あたしは親友の優しさに甘えて、自分のワガママを言っているだけなんじゃないか。 大好きな兄貴も、大切な友達も、あたしのワガママに付き合って我慢してるんじゃないか。 あたしのモヤモヤは、その辺りから来ていたのかもしれない。 「ねぇ、きりのちゃん」 「……」 地味子は改めてあたしの目を覗き込んだ。 その黒い目の中に、あたしの動揺を写そうとしているように。 「あのね、兄妹は結婚できないんだよ」 「―――っそ、そんなの」 ―――分かってる。 あれ? なんだろう、前にもこんな会話をしたような記憶がある。 「はっきり言うね、きりのちゃん」 「……」 「もう、きょうちゃんから離れた方がいいと思う」 「……」 「きょうちゃんも、その方が幸せになれるんじゃないのかな」 地味子の言うことは、間違っていない。 何も間違っていない。 「じゃあ、私は帰るね。きょうちゃんのために、ちゃんと考えてあげて」 地味子はベンチから立ち上がると、いつもと変わらない様子で去っていった。 公園に取り残されたあたしは、ぼんやりと昔の事を思い出していた。 * * * 『あたし、将来お兄ちゃんのお嫁さんになるの!』 『……ねぇ、きりのちゃん』 『なーに、まなちゃん?』 『あのね、きょうだいは、けっこんできないんだよ?』 『え、うそだよ……』 『ほんとだよ、きりのちゃん』 『……え……うぅ』 『それに、きりのちゃんはそうやって、すぐ泣きそうになるけど』 『……うぅぅ……くすん』 『きょうちゃん、泣き虫は嫌いだと思うよ』 『……そ、そんな……ことっ……なぃもん……ぐすんっ』 『きりのちゃん、走るのすごく遅いよね』 『……ぅん……』 『一緒に遊んでても、きょうちゃん楽しくないんじゃないかな?』 『……うぅぅぅぅぅ』 『ほら、そうやって泣いてると、きょうちゃんに嫌われるよ?』 『……っん……っうぅ』 『どうしたきりの?また泣いてるのか?』 『な、泣いてないもん!』 『ど……どうしたんだよ。ほら、バカにしないから言ってみろって』 『知らない!お兄ちゃんには言わない!』 『……そ、そうかよ……』 『あら桐乃、凄いわね!こんなに走るの早くなって』 『えへへ』 『ねぇ京介、桐乃が運動会で一番になったのよ』 『けっ』 いつからという線引きはできない。 気が付いたら、あたしは兄貴と疎遠になっていた。 人生相談をしたあの日までは、ずっと。 あれから、いろいろなことがあって。 何度も助けてもらって。 アメリカまで連れ戻しに来て。 俺はシスコンだ、なんて言われて。 そのうち、兄貴もあたしに相談してくれるようになって。 でも、兄貴に恋人ができたら。 きっとまた、兄貴と疎遠になってしまう気がする。 あたしは怖い。 ワガママでも、なんでも。 あたしは怖いんだ。 だけど、まなちゃんの言うように、 そろそろブラコンを卒業しなきゃいけないのかもしれない。 あたしは親友の顔を思い浮かべながらそう思った。 * * * 「ねぇ、あんた」 『何よ。いつになく落ち込んでいるじゃない』 その夜、あたしは黒猫に電話をかけた。 「うちのバカ兄貴さ、あんたにあげることにした」 『……何を言っているの?』 あたしなりに、いろいろ考えた結果だ。 だってどう考えても、あたしは妹だし。 兄貴に好きな人がいるのに、それを止めるなんておかしい。 「ほら、喜びなさいよ」 『……』 「ど、どうしたのよ」 『はぁ……あなたね。まぁあなたの考えは大体想像付くけれど』 な、なんだってのよ。 『まさかとは思うけど、自分のせいで私たちが付き合えないとでも思っているの?』 「……だって。実際そうじゃない」 『まったく……あのね、一つ言っておくけれど……』 「な……なによ」 『私は京介の事が好き。でも同じくらい、桐乃、あなたのことが好きよ』 「……百合?」 『地獄に落ちなさい』 今、ちょっと身の危険を感じた。 『あなたが泣いている横で、幸せになんてなりたくないと言っているの』 「でもさ……」 『だいたい、あなたが無理にブラコンをやめようと思っても、そう簡単に呪いは解けないわ』 「だって……」 『大丈夫。焦ってはいないわ。私が京介と結ばれるのは、別に来世でもいいもの』 「じゃあ……」 じゃあなんで、あんたはそんな辛そうな声出してんのよ。 『あなたは無理にブラコンを卒業しなくてもいいの』 「うん……」 『あなたはあなたのままでいなさい』 地味子とは正反対の言葉を吐き、黒猫は電話を切った。 あたしはいったい、どうしたらいいのだろう。 * * * それは、フェイトさんとアニメ化の打ち合わせをした帰りだった。 「じゃ、またね桐乃ちゃん。京介くんと黒猫ちゃんにもよろしく」 「はい……って、そういえば」 「?」 「フェイトさんって、兄貴や黒猫と知り合いなんですね」 「あら、聞いてなかったの?」 ん?何をだろう。 「そう、じゃあ……私が言ってもいいのかしら」 そう言って少し考えているフェイトさん。 あたしは何の話か全く分からず、ただフェイトさんを見つめていた。 「それじゃあ、このあとちょっと時間を頂けるかしら」 そうして、あたしは真実を知った。 * * * 「ねぇ兄貴……」 「ん、なんだ?」 あたしはリビングでくつろぎながら、 兄貴の背中に話しかけた。 「今日、フェイトさんに会ってきたんだけど」 兄貴がピクッと反応する。 てかやっぱ、あたしには隠し続けるつもりだったんだ。 この反応を見ると。 ……結局あたしは、何も知らないことにした。 だって今さら、どんな顔したらいいのか分からないし。 「フェイトさん曰く、株には必勝法があるらしいよ」 「真に受けるなよ」 それにフェイトさんは、 『桐乃ちゃんに知られないことで守っているプライドもあるんじゃない?』 と言っていた。 あたしには意味が分からなかったけど…… なんとなく、やっぱり知らないことにしようと思ったんだ。 兄貴はあたしの知らないところで、あたしのために奮闘してくれていた。 思えば、いつだってそうだった。 あたしがアメリカでダメになりそうだったときも、 短いメール一通で飛んで駆けつけてきてくれたんだ。 アメリカで、兄貴の顔を見た瞬間の想いが、今も胸で燻り続けている。 そして。 ―――黒猫。 兄貴と同じように、黒猫もまたあたしのために戦ってくれていた。 そんなこと、一言も言ってなかったのに。 あいつはあたしの書いた小説をすごくけなしてたし、 小説が発売されたときだって、憎まれ口を叩いていた。 それが裏では、あたしの小説を取り戻すために、頑張ってくれてたんだ。 あたしは心の中で、黒猫に感謝した。 そして――― 『私が京介と結ばれるのは、別に来世でもいいもの』 あいつの言葉を思い出して、胸が締め付けられるのを感じた。 * * * 「明日、買い物付き合ってよ」 「あぁ、俺もプレゼント買いに行くつもりだったから、いいぜ」 クリスマスパーティの前日、あたしは兄貴に切り出した。 あたしなりの考えがあってのことだ。 あたしはやっぱり兄貴に恋人ができるのは嫌だ。 すごく嫌だ。 でも、明日はクリスマスイブだ。 盗作騒動の真実を知ったから、というわけではないけどさ、 兄貴と黒猫には一日だけ、恋人になれる日をプレゼントしようと思ったんだ。 でも一日だけとは言っても――― キスとかしちゃうのかなぁ。 それはちょっと嫌だ。 あ、そういえば…… 例の件、こいつにはまだ聞いてなかったっけ。 「あんた、黒猫とキスしたの?」 「ブーーーーっ」 盛大に噴出すバカ兄貴。 「ゴホッゴホッ、な、何言ってんだお前」 「だってほら、夏コミの打ち上げの前にさ」 「あ、あぁ、あれか……」 京介は頭を掻きながら言った。 「あれは、黒猫の呪いだ」 「は?あんたまで邪気眼発症したの?」 「違うって」 あいつも言ってたけど、何なのよ"呪い"って。 「えっとさ、お前、アメリカからメールくれたろ?」 「ん?あぁ、あのメールね」 「それで、どうしようか迷ってた俺の背中を、黒猫が押してくれたんだよ」 え? 今なんて言った? 「俺の背中を思いっきり押して、頬にキスをしてアメリカに送り出してくれたんだ」 ちょっと待ってよ…… 「『あなたが途中でヘタレたら死ぬ呪い』とか言ってな」 あたしは頭の中が真っ白になった。 『私は京介の事が好き。でも同じくらい、桐乃、あなたのことが好きよ』 『あなたが泣いている横で、幸せになんてなりたくないと言っているの』 『私が京介と結ばれるのは、別に来世でもいいもの』 『あなたは無理にブラコンを卒業しなくてもいいの』 『あなたはあなたのままでいなさい』 親友の言葉を、もう一度思い出す。 いつだってそうだったんだ。 兄貴と同じように、あいつは、あたしのために――― いつかの地味子の言葉を思い出した。 『きりのちゃんが我慢しないってことは、代わりに誰かが我慢してるんだよ?』 我慢なんてもんじゃない。 あいつ、あたしのために全力尽くしちゃってくれてんじゃん。 あたしの心は決まった。 もういいかげん認めるけど、あたしは重度のブラコンだ。 今でも兄貴に恋人ができるのが嫌で嫌で仕方ない。 それを卒業することも、今のところできそうにない。 そして、黒猫はあたしの親友だ。 兄貴と同じくらい、あたしは黒猫のことが大好きだ。 あいつだったら、兄貴と恋人になってもいいかなって。 そう、自然と思える。 そしてあたしは確信した。 兄貴と黒猫が恋人になっても、もう昔のように冷め切った関係には絶対にならない。 いや、あたしがさせない。 あたしは静かな決意とともに兄貴に告げた。 「あんた、こないだあたしが買ってあげた服、着てきなさいよね」 ―――そして、クリスマスイブが訪れた。 (40スレ285『黒の結末』につづく)
https://w.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/1230.html
メリークリスマス、黒にゃん! そんなわけでクリスマス記念にSSを投稿させて頂きました。 原作とはかなりかけ離れた部分が多いのですが ・ベースは俺妹HD家庭ルート ・原作11巻分までの話は大体俺妹HD開始前 (黒にゃん高校1年夏休み前)に終わっている ・拙作『家庭派アイドルの11月29日』と続いています 上記のような設定で書いております。 そのような独自設定が気にならない方でしたら 少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。 ------------------------- 「さて……と、こんなものでいいかしらね?」 朝ご飯を食べてからすぐに取り組んでいたクリスマス会の料理の準備も お昼過ぎになってようやく一通り目途がついたところなのだけれども。 さすがに10人分の料理ともなると並べるだけでも壮観なことね。 まあ、日向はともかく珠希は1人分に数えるほどではないでしょうけど。 いえ、先輩やお母さんがいる分を考えるとむしろ人数分以上かしらね? どちらにしても多めに作っておいたから皆に沢山食べて欲しいものよね。 日向や珠希、お父さんお母さんも普段と違う御馳走に喜んでくれるかしら? 舌の肥えていそうな桐乃や沙織の口にも合うといいのだけれど。 それに先輩の御両親に初めて私の料理を食べてもらうのも緊張するわね…… そのために桐乃に協力してもらって密かに修練を積んだ高坂家の味付けも 試してみたのだけれど。何より先輩にも満足してもらいたいものね。 だ、だってこれからもずっと私の料理を美味しく食べてもらいたいから…… 大仕事をやり終えた充実感からそんな愚にも付かないことを考えていた 私だったけれど、すぐ隣から浴びせられたシャッター音で漸く我に返った。 「い、いきなり写真を取らないで、と言っておいたじゃない、先輩」 「ああ、すまんすまん。今の黒猫、すっごくいい表情をしていたからさ。 声をかけて邪魔しちゃうのがもったいなくて、な」 口では謝っていてもまったく反省しているところがないのは こんな不意打ちの撮影が今までも何度も続いていることが証明している。 まったく私にもアイドルとして写真を撮る、 ということへの心の準備というものだってあるのよ? 本当、いつまでたっても乙女心を理解し得ない残念な雄ね。 それに……あんなことを考えていた時の表情を みんなに見られるなんて、そんなの恥ずかしすぎるじゃない…… 真っ赤になって抗議の目を向ける私の気持ちを しっかりと理解したわけではないでしょうけど。 先輩は私の機嫌を損ねないようにと労いの言葉を続けてきた。 「まあ、それはともかくお疲れ様、黒猫。こんな沢山の料理を ひとりでみんな作っちゃうなんて本当すごいなぁ、お前は。 今日の写真もきっとSNSですっごいアクセス数になると思うぜ」 「……それはともかく、で片付けて欲しくはないのだけれども。 まあ、我が眷属たちを満足させる義務が『女王』としてはあるものね。 それに……あなたも撮影中とても嬉しそうでなによりだったわね?」 先ほどの反撃とばかりに幾分の皮肉も交えつつの言葉だったのだけど。 「ああ、最近写真を撮るのが楽しくて仕方ないよ。 特に黒猫が見せるすっごく良い表情を逃さずにフレームに収めた時とか ぞくぞくするくらいの充実感がある。俺にこんな嗜好があったなんてなぁ」 そんな満足げな表情で応えられてしまったら これ以上あなたを怒ることなんてできないじゃない…… 「そ、そう。まああなたの妹の性癖を鑑みれば あなたのそれも似たようなものなのかもしれないけれどね?」 「いくらなんでもあんな廃人レベルと一緒にしないでくれよ!?」 「そうかしら?だってもうあなたは…… 私の『良い表情』とやらを見てしまったら、その一瞬を 切り取らずにはいられない身体になってしまっているのでしょう?」 「ま、まあ、それは否定できないところはあるが……」 いつものように妖艶な『夜魔の女王』のマスケラを被って あなたを茶化そうと思っただけなのに。 そこを肯定されてしまったら反応に困るじゃない…… 「でもマネージャーとして黒猫のことを考えての行動でもあるんだ! だからあんな欲望まみれの妄想全開の趣味とは格が違うんだぜ!」 赤くなって押し黙った私に気がついているのかいないのか。 ようやく見つけた最もらしい理由で理論武装を図る先輩。 「ではやましい気持ちなどなにもなかったと心から誓えるのね?」 「……すみません、今日も黒猫超可愛いぜ、ひゃっほうー! って何度も思ってました……」 「…………」 「く、黒猫?」 「……破廉恥で邪まな妄想を抱いた罪であなたに罰を与えましょう。 今日1日、我が僕として私の満足のいくようにエスコートなさい」 先輩の言葉に顔が熱くなりすぎて、脳が沸騰してしまいそうな私は なんとかそれだけを絞りだして先輩に背を向けた。 もうまともにあなたの顔なんて見ていられなかったから。 「はっ、お任せください。『我が女王』よ」 先輩は即座に応えてくれた。幾分芝居がかってはいたけれど 私を落ち着かせるようなとても暖かで優しい響きが込められている。 「……で、いつまでその寸劇を続けているの?」 突然廊下からかけられた声に私も先輩も驚きながら振り返った。 「ひ、日向!?あなたいつからそこにいたの!」 「んー、高坂君のルリ姉への盗撮趣味が暴露されたあたり? まあ二人の特殊なプレイの事は置いといてそろそろ時間じゃないの?」 「人聞きの悪いことをさらっと置いとくなよ! これもアイドルとマネージャーの仕事なんだって!!」 反射的に突っ込む先輩だったけれど、確かに時計を改めてみると そろそろ自宅を出ないと今日の仕事に間に合わない時間に差し掛かっていた。 「先輩、日向にいろいろ言いたいのはやまやまだけど 確かにもう時間がないわ。私もこの服を一度着替えないといけないし」 「ああ、そうだな。さすがにメイド服で出歩くわけにはいかないしな」 「あえてそこにはつっこまなかったんだけど…… すっかりメイド服で料理する姿が当然のようになっているね、ルリ姉……」 「この前の『良い肉の日』の時の写真がすごい反響になってな。 今日もこれからメイド服でクリスマス向け料理番組の生放送なんだぜ。 『もっともメイド服の似合う有名人は?』なんてランキングで ぶっちぎりの1位を取ってるくらいだからな、黒猫は」 「ふっ、手ずから闇の眷属たちへ、聖夜を蝕む邪悪なる 宴の晩餐を用意するのも『夜魔の女王』たる私の務めよ。 そのために私に相応しい装束にならなければいけないわ」 内心この格好に思うところがないではないけれど。 大切なファンの要望と声援に応えられるのだから。 仮初の姿と仮面を纏うことも『女王』として時には必要だものね。 まあ、日向のやれやれといった表情には不遜なものは感じるけれど。 「ともかく後はよろしくね、日向。沙織の迎えがきたら 運び出す料理を教えてあげて頂戴。それと珠希の面倒もよろしくね。 後、こっちはお父さんたちの分の料理だから 帰ってきたら忘れずに伝えて二人で食べてもらって頂戴ね」 「うん、その辺は心配しないでばっちりあたしに任せておいて。 じゃあお仕事頑張ってきてね、ルリ姉」 先ほどまでの態度とはうってかわって素直に応じる日向。 ふふっ、いつもこうならいいのだけれどもね。 「じゃあ先輩、申し訳ないけれど居間で少し待っていて頂戴。 すぐに準備していくわ」 「ああ、俺もすぐに出られるようにしておくよ」 言うや否や、私は自分の部屋に急ぎ足で向かった。 今日はせっかくの年末の三連休の中日だというのに朝から晩まで 公私に渡って予定がびっしりで一息つく暇もないのだけれども。 その代わりに今までの『此方の世界』での短い人としての 生活の中でも今までにないほどの充実感もある。 大切で暖かな家族、煌びやかなアイドル活動、かけがえのない親友たち。 そして……心の支えになってくれる大好きな人。 まさか私がこんな満ち足りたクリスマスを迎えるなんて……ね。 今日これからのことに思いを馳せるだけで心が躍るようだったわ。 * * * 慌しく今日のアイドルのお仕事に向かったルリ姉と高坂君を見送った後 あたしも今日のクリスマス会のために出かける準備をしていた。 今日のためにキリ姉に見繕ってもらった洋服に着替える。 やっぱりルリ姉のお下がりみたいな地味な感じじゃなくて このくらいおしゃれな方があたしにもあっているよね。 「お姉ちゃん、お着替え終わりましたよ」 「おー、たまちゃんもよく似合っているよ。すっごく可愛い」 「えへへへへ。お姉ちゃんもすてきです」 たまちゃんもあたしと同じくキリ姉の見立ての洋服に着替えていた。 私のボーイッシュな感じとは違ってたまちゃんの服は 女の子の可愛さが溢れている。それもルリ姉の趣味みたいな フリルやレースで強調しているわけではなく、センスの良い デザインや色合いでまとめられている。 やっぱりこういうところは元々のセンスもそうだけど 普段の女の子としての趣味やおしゃれへの興味で 感性が磨かれているか、の差なんだろうとは思う。 ルリ姉はともかくとして、お母さんも服装にあんまり頓着しないほうだから。 二人とも何を着ても本人の素材の良さでカバーできてしまっているのも それはそれで困りものだよねぇ。 ルリ姉もアイドルになってこの辺改善されるといいなって思ってたけど。 家庭派厨二アイドルなんてわけのわからない路線になってしまって さっきみたいにメイド服とか着ているうちはまだまだあたしの期待は 望み薄のようだった。 心の中で一人溜息を付いていたあたしだったけど。 「ただいまー」 そんなときちょうどお父さんが帰ってきた。 せっかくの連休、しかもクリスマスの直前だっていうのに お父さんもお母さんも仕事がはいっちゃうなんて本当タイミングが悪いよね。 「おかえりなさい、お父さん」 「おかえりなさいですー」 二人して居間に入ってきたお父さんを出迎えた。 平日はお父さんが仕事から帰ってくるのは夜遅くだから あたしはともかくたまちゃんにはなかなかこんな機会は珍しい。 「おお、二人とも今日はえらくかわいいなぁ。これから例のクリスマス会か」 「うん、そろそろルリ姉のお友達が迎えにくるところ」 「そうか、じゃあめいいっぱい楽しんでおいで」 「はい、姉さまのおともだちやお兄ちゃんといっぱい遊んできます」 お父さんはずっと笑っていたけれど。いつもクリスマスの夜は 五更家一家揃って、ささやかながらもご馳走やケーキを食べながら 楽しく過ごしていたからちょっぴり胸の奥が痛んだ。 なにせ今夜は高坂君の家に泊まりがけでパーティだからね。 「お父さん、ルリ姉がお父さんとお母さんの分の料理も しっかり作ってあるから二人で食べてね」 「ああ、いつもすまないな。お母さんが帰ってきたら一緒に食べるよ。 なにせ今日は久しぶりにお母さんと二人っきりのクリスマスだしな。 瑠璃のご馳走を楽しみながら昔のように甘い一時を過ごすさ」 そんなあたしの気持ちなんてお見通しなのか お父さんは努めて楽しそうにそんなことを言っていた。 ……言葉通りに気持ちまで若返ったのだろうか。 お父さんがその昔に打ち込んでいたという舞台劇の役者さんのような大仰さで 片手で顔を隠しながら謎のポージングまでしているんだけれど。 まったくお父さんもこれがなければいい父親なのに。 ルリ姉はもうすっかりその方面に毒されて手遅れだけど。 たまちゃんにまで悪影響を与えないで欲しいものだよ。 「はいはい、あんまり調子にのってお母さんに怒られないようにね」 「そんな事なら心配いらないぞ、日向。お母さんはお父さんの こういうところも好きだっていってくれているからな?」 ……どうやらルリ姉の男趣味の悪さはお母さんの遺伝のようだった。 まあ見た目もそっくりだしね、ルリ姉とお母さん。のほほんとして マイペースなお母さんとルリ姉は一見性格は違うようにみえるけれど。 根っこのところは瓜二つなくらいに似ているし。 「お父さんもお母さんも、姉さまとお兄ちゃんみたいにらぶらぶですね!」 たまちゃんだけはきらきらした笑顔でその事実を受け止めていた。 まあ確かに。その人の趣味がどうであれ、二人が互いに好き同士で 周りも祝福してくれているのなら、何を恥じる必要もないのかもしれない。 たまちゃんの言葉に一瞬複雑な表情を浮かべたお父さんだったけれど。 「ああ、もちろんだとも、珠希。まだまだ瑠璃たちなんか足元にも 及ばないくらいお父さんたちはずっと昔から愛し合っているんだぞ」 「わぁ、やっぱりお父さんはすごいですー」 たまちゃんの天使の笑顔に讃えられてすっかり舞い上がっているお父さん。 これを無意識にやっているんだから、どこぞの演劇漫画ではないけれど 『たまちゃん、恐ろしい子!』なんて一抹の不安も感じてしまう。 これもひょっとしたらある意味お父さんの遺伝ということなんだろうか。 我が血筋、恐るべし。まさかそのうちあたしも厨二病が 発症するんじゃないかと我が身が心配にもなってしまうよ。 まあそれはおいといて。そういうことならあたしとしても 久しぶりの二人きりの逢瀬を心配するような野暮はすまい。 これで心置きなく今夜のクリスマス会を楽しんでこれるってものだしね。 そんなときにちょうど玄関の呼び鈴がなった。 「おっと沙織さんがきたかな。じゃあいこうか、たまちゃん」 「はい、お姉ちゃん」 片手を軽く突き上げて、満面の天使の笑顔で応えるたまちゃん。 たまちゃんとしても今夜のクリスマス会を楽しみにしていたんだろう。 「それじゃ料理を運び出したらいってくるね、お父さん」 「ああ、お父さんも手伝おう。瑠璃のお友達にお礼も言いたいしな。 それから京介君の親御さんにもよろしく伝えておいてな」 勿論あたしだってたまちゃんと同じくらい今日のことを楽しみにしていた。 ルリ姉の渾身の美味しいご馳走は食べれるし、ルリ姉のお友達の キリ姉や沙織さんと遊べるのも嬉しいことだし。 それに……きっとルリ姉にも喜んでもらえるよね? 沙織さんの待つであろう玄関まで急ぎ足で向かう傍ら あたしは胸躍らせながら今夜の一時に思いを馳せていた。 * * * 「これでお料理は全部積み込みましたわね。 さあそれでは、いざきりりんさん宅へ向かいましょう」 私は黒猫さんの作った今夜のクリスマス会のためのご馳走の数々を 黒猫さんのお父さん、妹さんたちと一緒に車に積み込み終えると 一路今夜の会場となるきりりんさん宅へと車を走らせました。 勿論私が車を運転しているわけではないですけれど。 うちの実家の専属運転手に今日のところはお願いしてあります。 「それにしても……沙織さんって本当にすごいお嬢さんだったんだね」 黒猫さんの上の妹さん、日向さんが私をまじまじと見つめながら 話しかけてきました。好奇心旺盛なところと興味のあることには 物怖じしないところは、さすがに黒猫さん譲り、といったところでしょうか。 「はい、とはいえ、私はただ槇島家に生まれた というだけですから自慢するようなことでもないのですけれどね?」 「ううん、そんなことないよ!だってこんなに綺麗で センスのいい服を着て言葉使いも丁寧で、性格だってすっごくよくて。 本当にこんなお嬢様がルリ姉のお友達なのってびっくりしちゃったよ」 普段は本来の私の姿でこんな風に褒めちぎられたら 恥ずかさいっぱいで取り乱してしまうところでしょうけど。 さすがに日向さんくらいの女の子ならその心配はありませんね。 「それこそそんなことはないんですよ? 私だって黒猫さんとお友達になってもらってから 毎日楽しい日々を過ごせているんですから。なにより……」 私は一旦言葉をきってこちらをじっと見ている 日向さん、珠希さんの顔を交互に見つめてから続けました。 「黒猫さんが一人の女性として素晴らしい方であり そして妹思いなお姉さんであるのはお二人が一番ご存知でしょう?」 私は片目を瞑って日向さん、珠希さんに笑いかけました。 「はい!るり姉さまはとってもやさしいお姉ちゃんです」 珠希さんがとても元気な声で応えてくれました。 車に乗るまでは見知らぬ私に少し物怖じしていたようでしたけど。 きっと大好きなお姉さんのことには黙っていられなかったのでしょうね。 そんな大切な方のために頑張る健気さと優しさが、やはり黒猫さんの 妹であると実感させられます。 「そうですわね。本当、黒猫さんはとてもとても優しい方です。 私と姉さんの仲をきりりんさんと二人で取り戻してくれたんですから」 思い返せばあれかれもう数ヶ月がたったのですね。 おかげで今ではすっかり私と姉さんは、黒猫さんのご姉妹のように 大切な家族として何気なく接しながらも互いを思いやれるようになりました。 今日だって姉さんは最後まで一緒にいくといってましたけど…… さすがにこんな日は旦那様を放っておくわけにはいかないでしょう、と なんとか説得しましたわ。 「ですから私は本当に黒猫さんに感謝しているのです。 そんな私の大切なお友達の妹さんとして、日向さんも珠希さんも どうか何も遠慮することなく私とも付き合って下さいね」 「うん、こちらこそ改めてよろしくね、沙織さん」 「はい、よろしくです」 二人とも素晴らしいくらいの天使の微笑みで応えてくれました。 ……ちょっとだけきりりんさんの気持ちがわかったような気がしましたわ。 「あ、そう言えばあたしからも沙織さんにお礼をいわないといけないんだった」 「え、私にお礼を、ですか?」 なんのことでしょう?今日のクリスマス会の迎えにきたことでしょうか? 少し目線を落とした日向さんでしたけど、意を決して顔を上げました。 そしてゆっくりと。私に向かって気持ちを紡ぎます。 「はいっ。……沙織さん、お姉ちゃんと友達になってくれてありがとうね。 お姉ちゃん、あのオフ会の日から毎日楽しそうにしていた。 話のあう友達が出来たのよって本当に嬉しそうにしていた。 それも全部沙織さんのおかげだっていつもいってたから。 だから……本当にありがとう」 まさか妹さんからそんなことを言われるとは思ってなかった私は ちょっと驚いてしまいましたけれど。日向さんの気持ちを大切に しまうように胸に手を当てて目を閉じました。 「はい、どういたしまして。それにこちらこそ、ですよ、日向さん。 先ほども言いましたけれど、私もおかげで楽しく過ごせているんですから」 私も正直な気持ちを返しました。日向さんも珠希さんも 私の言葉に嬉しそうに頷いてくれています。 こんなに姉思いの妹さんをもって、本当に黒猫さんは羨ましい限りですね。 いえ、それも黒猫さんの常日頃の妹さんたちへの思いあってのことでしょうか。 「それと……ね。ルリ姉はアイドルを薦めてくれた沙織さんに すごい感謝しているって言ってたよ。ルリ姉最近は人気も出てきて すごい忙しそうだけど、毎日生き生きしているんだ。 だからそれにもお礼を言わせてね、沙織さん。 お姉ちゃんに女の子としての幸せを感じさせてくれて本当にありがとう」 「あら……でもそれは私なんてほんのきっかけを作ったにすぎませんよ? その後自らの努力でアイドルの座を掴んだのは黒猫さんの そしてそれを支える京介さんのお力なんですから」 これは本当に謙遜でもなんでもなく。私は単に提案をしただけでしたから。 しかも……その提案自体も本当は私の発案ではありませんでしたしね。 「うん、あたしにもルリ姉がすごい頑張っているのはわかってる。 でも沙織さんやキリ姉はなんだかんだとルリ姉を手助けするために いろいろと動いてくれているんでしょう?ルリ姉はあんな性格だから 普段はなかなか表に出さないだろうけど」 「姉さまは『やみのせかいのじゅうにん』の沙織お姉ちゃんに いつだってありがとうっていってますよ」 それなのにこんなに感謝されてしまうなんて。面映い気持ちで いっぱいでしたけれど、やはりここは例の台詞で結ぶべきでしょうか。 「いえいえ。私はいつでも思ったことを思ったようにしているだけですわ」 本当に裏表ない気持ちを込めて告げた私の言葉に、日向さんも珠希さんも 少しの間逡巡しているようでしたが、すぐにそっかと笑ってくれました。 「それにしても、お二人は偉いですね。私がお二人くらいのときには 姉のためにお礼をいうなんてとてもできませんでしたよ」 「うん、でも妹としてお姉ちゃんを思う気持ちは沙織さんも一緒でしょ?」 「ふふっ、そうですわね。私たちは少々遠回りしてしまいましたけれど。 じゃあ同じ妹同士、私たちも今日のクリスマス会でお友達になって これからもっともっと楽しく過ごせるようにしましょうね?」 「はいっ!」 「はいです!」 今日のクリスマス会の楽しみがまた一つ増えました。 『オタクっ娘あつまれー』の記念すべき初めてのクリスマス会である 今日という日を、私はそもそもずっと心待ちにしていましたけれど。 きっと一生の思い出に残るような素晴らしい日になってくれる。 そんな確信が今の私の心を暖かく満たしていたのでした。 * * * 一通り掃除機を掛けたリビングを見渡して ようやく今日のクリスマス会の準備ができそうになって まずは安堵の気持ちがこみ上げてきた。 そしてそれと同時にこんな面倒な事、そもそもいつもの あたしの役目じゃないってことにふつふつと怒りも湧いてくる。 「あーもう、大体こういうのはいつもあいつの役割でしょう!?」 誰もいないことをいいことに、ここにはいない京介に文句をぶつける。 とはいえ京介がここにいないのは当然といえば当然で。 朝から黒いののSNSのために料理を作っている姿を撮影をして その後はTV番組の生放送に付き添い。その後こちらに合流する 予定なのだから、このクリスマス会の準備を手伝えるわけはない。 だからこそ、黒いののファン倶楽部筆頭の沙織とあたしが 黒いのの生番組の応援や出待ちをすることもなく こうしてクリスマス会の準備を前もってやっているのだから。 「そもそも、こういう雑務はあたしのイメージじゃないしねー」 口ではそうはいったけれど、あたしだって別段今回の クリスマス会の準備を引き受けたことに不満があるわけではない。 黒いのも京介もここのところ目の回るほど忙しくなって。 沙織と一緒になって黒いののファン倶楽部の中核メンバーとして あれこれ手を尽くしているし、いつものチャットでの会話は 続けているけれど、実際に皆で集まれるような機会はなかなか取れない。 だから今日のクリスマス会は本当に貴重な時間になるんだよね。 そんな舞台をきっちり準備して皆に喜んで欲しいという気持ちは 間違いなくあたしの本心でもあるけれど。 それでも、心のどこかでちくりと痛む何かが 先ほどからしきりにあたしの手を止めさせるのだった。 「でも、そろそろ沙織たちもくるしね。下準備くらいは終わらせないと」 まあ以前とは違ってずきずきとしないだけでも進歩はしているのかな。 あの時、あたしにとっては運命の選択で。京介が黒いのを選んだその時から。 ともすれば沈む心をなんとか持ち上げて掃除機を片付けると リビングの飾りつけをするためのテープや色紙などの道具を揃え始めた。 「どうかされましたか、きりりんさん。 先ほどから心ここに在らず、といった感じですわね?」 沙織たちが到着して料理をキッチンに運び入れた後。 ひなちゃんたまちゃんがクリスマスツリーの飾り付けをしている間に あたしと沙織はリビングの壁や天井に、輪飾りやオーナメントを 手分けして備え付けていた。 「え、別に、そんなことないって。ただ今頃黒いの頑張ってるかなーって」 「そうですわね。でも家庭派アイドルとしての立ち位置も もうすっかり確立しましたし。きっと今の黒猫さんなら 今日の生放送だって何も問題なくこなしてくれますわ」 沙織は自信たっぷりにアイドルとしての黒いのに太鼓判を押す。 うん、そんなことはあたしだってそう思っているんだ。 厨二病のキャラだけで押していた当初とは違い、今は家庭派という 相反した要素をも取り入れて強力な個性を出しているから。 その二つのそれぞれの魅力とギャップとが合わさって 誰でもない「アイドル五更瑠璃」としての存在を際立たせている。 それは本来黒いのが持っていた才能でもあったし 火付け役となった沙織やあたし、そして京介の手助けを受けたとはいえ 黒いの自身が掴み取ったアイドルとしての実力なんだから。 だから今となっては黒いののアイドル活動に心配などない。 そんなことはあたしだって理解しているしこういってはなんだけど 一人前と認めてあげてもいいくらい。 黒いのをアイドルにしようと言い出したあたしからしてみても、ね。 あたしが海外留学から戻ってきたとき、既に付き合っていた 京介と黒いのだったけど、あたしは表面上はそれを認めても 心の中ではどうしても受け入れる事ができなかった。 それを見抜いていた黒いのは、結局あたしの本心を引き出して 京介と向き合えるように半ば強引に京介と別れる事を選んでしまった。 そのときにはそのあまりにも強引な方法に 『彼氏を作る資格なんてない』なんて言ってしまったけれど。 あの時の事への感謝と、黒いのの自身を軽んじる性格を 親友として直せればと思って、沙織に相談を持ちかけた。 ちょうど美咲さんから誘われていたアイドルオーディションを 黒いのに勧めて合格させて。アイドル活動を通して 自分自身に自信をつけさせよう、と二人で目論んだんだけど。 黒いのは思っていたよりすんなりオーディションを受けてくれた。 京介をダシに使ったのがよほど効果的だったんだろう。 そのまま無事にアイドルに合格してからは、いくつか壁に 当たりながらもアイドルとして着実に成功の道を歩んでいる。 それ自体は狙い通りだし、喜ばしいことなんだけど。 「本当、きりりんさんがあんなことを相談してきたときには 正直どうなることかと思いましたけど。私たちの想像していた以上に 黒猫さんはアイドルとしての成功を収めましたものね」 「まあ、あいつだって必死に頑張ってことでしょ? まったくちょっと煽ってその気にさせただけで ここまでやれちゃうんだから、本当黒いのも単純なもんだよねぇ」 でも口から出てしまうのはいつものように憎まれ口。 まったく……どうしてあたしは、自分の本当に大切なものに対しては 素直な気持ちを表すことができないんだろう? 「ですから、きりりんさんの『黒猫さんに自信をつけさせよう』計画も 着々と実を結んでいるではありませんか。きりりんさんも安心こそすれ 何も心配する事などないと思っていましたわ」 「うん……まあそうなんだけどねー。 でもあいつ、やっぱりほっとけないっていうか、どこか危ういっていうか」 「ふふふ、それは確かにそうですけれども。でもきりりんさんが 今心配しているのは黒猫さんのことだけではないのでしょう?」 ニコニコと笑顔を浮かべながらもあたしの気持ちの核心を 鋭く突いたことを言ってくれる沙織。 「な!?それってどういう……」 「此度の共謀者同士、私にまで隠し事はなしですよ、きりりんさん。 今回の計画は、黒猫さんのためだけではなく…… 京介さんのためでもあったのでしょう?」 「京介さんを黒猫さんのマネージャーにさせて二人だけの時間を 作ってあげることで、もう一度互いの事をしっかりと考えて欲しかった。 そう私は思っていますよ」 私が呆気にとられて二の句が告げずにいるところで 沙織はさらに畳み掛けてきた。いくら図星の事であったとしても こんなにもはっきりとこの件に関して沙織が指摘してくるのは珍しい。 それがあたしの気持ちの乱れに拍車を掛けた。 「べ、別にそんなことまで考えるほど殊勝じゃないってーの。 まああの二人が元鞘に収まるっていうならそれでも良いんじゃない? そもそもあの二人の問題であってあたしには関係ないことだし」 「あら?きりりんさんは京介さんが彼女を作るのはイヤだ、と 二人にはっきり告げたと記憶していますわ」 「ぐっ……そ、それは確かにそうなんだけど! でもあの二人にとって重要なのは、あたしの気持ちじゃないでしょう!?」 湧き上る苛立ちと、朝からのモヤモヤした気分とが合わさって あたしは思わず声を荒げてしまった。いけない、こういうところは 悪い癖でいつも直さなきゃって思っているのに。 自己嫌悪まで合わさって言葉を無くしたあたしに 沙織はすっと近づくと、そのままふわりと抱きしめてきた。 「え?ちょ!沙織!?」 「ごめんなさいきりりんさん。ちょっと意地悪でしたわね。 でもそれでいいのです。二人のことが気になるというのでしたら 今のように二人にはっきりと伝えればいいのですよ」 先ほどまでの鋭さは既になく、ただ優しく諭すように 沙織はあたしに話しかけてくる。こんなときは身長差もあって 沙織がすごくあたしよりも年上に感じてしまう。 「それに、いえ、きりりんさんは既にわかっているとは思いますが あのお二人にとってきりりんさんの気持ちはとても重要なんですよ」 「だからこそ、あの二人に思うところがあるのなら 余計な気遣いなどしないで正面からぶつかっていくべきなんです。 あのお二人もそれを心待ちにしているんですから」 沙織の腕に包まれながら優しい言葉を聴いているうちに あたしの心の中の淀みも少しずつ消え去っていく。 「うん……そんなのあの時からわかってはいるケド……」 「ふふ、なかなか正直に自分を出せない、ですか。 でもきりりんさんは、私と姉さんの一件の時には 『妹は全力で兄姉に甘えるものでしょう!? 遠慮する必要なんてどこにもないんだって。 だってそれが兄弟姉妹の真理なんだから!』 なんて言って私を説得してくれたじゃないですか」 「ゔうっ……本当に今日は厳しいね、沙織」 「それはそうでしょう?こんな楽しい日にきりりんさんだけが 沈んでいたらせっかくのクリスマス会が台無しですもの。 だから……拙者はきりりん氏にも笑っていてほしいでござるよ?」 もう一度ぎゅっと抱きしめてから沙織はそっとあたしから離れた。 それは悩む時間はもう終わりで。次の一歩を踏み出しなさい という無言の呼びかけなのだと思った。 「わかった。わかったわよ。だったら今日は精々正直になって あの二人を目一杯困らせて笑ってやるんだから! 二人でいちゃいちゃなんてさせる暇は絶対あげないからね!!」 「はい、それでこそきりりんさんです。 拙者も及ばずながら会を盛り上げるために助太刀致しましょうぞ!」 まったくどうしてあたしの周りにはこんなにお節介な人ばかりなんだろう。 特別な日に感傷的な気分になって、ちょっとばかり落ち込んでいるのだって 絶対に見逃してくれやしない。 だったら全力でお節介を焼いてもらおうじゃない! 今日のあたしはもう全力全開。煩悩パワーマックスでいくかんね!! ふひひひ、可愛い妹達を目の前で奪われたあの黒いのは 一体どんな面白い顔を見せてくれるのかな! 燃え上がる『妹小宇宙』が、あたしの心を正直な気持ちで一杯にする。 まあ、ああいってくれた沙織にはちょっと悪いけど そっちの件は今回は少しどいていてもらおう。 きっとそれも向き合うときが近いうちに必ずくるはず。 あたしにとっても黒いのにとっても、そして京介にとっても。 みんなで胸をはって憂いなく。 だから今日という日は目一杯みんなで楽しんでおく日に決めた。 あたしはクリスマス会の『妹源郷』に激しく思いを馳せるのだった。 * * * 「……結局、すっかり遅くなってしまったわね」 「ああ、スタジオ出るときに桐乃に電話をかけたら 『何チンタラやっているのよ、この愚図! こんな日にみんなを待たせるなんてさいっってぇぇぃぃぃぃ!!』 なんて全力で怒鳴られちまったからな。皆待ちくたびれてるよな」 スタジオから飛ばしてもらったタクシーから降りた後 俺と黒猫は、これから入る俺の家の門の前で 溜息をつきながらしばし佇んだ。 「まあこうしていても埒が明かないわ。覚悟を決めて入りましょう」 ぐっとこぶしを握って気合を入れている黒猫。 生放送の収録が終わった後、時間を惜しんですぐさまタクシーに 飛び乗ってきたので黒猫はメイド服の格好のままだったんだが。 家の前でその格好で気合を入れている様がなんだか無性に シュールにみえて、おかしいやら可愛いやらでつい笑ってしまった俺を 黒猫がジト目でにらんできた。 「……なによ。あなたの妹様に怒られるのがそんなに楽しいというの? まったくシスコンな上にマゾなんて相変わらず救いようがない変態ね、先輩」 「そんなところで笑ったんじゃねえよ!?」 「あら、じゃあ何が可笑しかったというのかしら?」 「いや……まあ……メイド服の黒猫があんまり可愛いから、つい、な?」 「な、ななな何を突然言い出すのよ、あなたは…… 今日だけじゃなくずっとこの格好の私を見ているじゃない」 相変わらずちょっと褒めるだけで途端にキョドり出す黒猫。 アイドルのときにはもうファンの褒め称える声援なんかにも すっかり慣れているはずなんだが、こうして二人っきりの時には 今も昔も反応が変わらない。 まあ、そんなところがやっぱり可愛いんだけどな。 そう、お前のいうとおり、ずっと見ているからわかるんだよ。 これが親しいものだけに見せる本当の瑠璃の姿なんだって。 「まあいきなり笑って悪かったよ。さあ覚悟を決めたなら行こうぜ? 鬼の妹様だけじゃなく、天使の妹達やでっかい妹もいるし せっかくのクリスマス会も待っているんだからさ」 「何か誤魔化された気もするけれど……まあいいわ。早く行きましょう」 すたすたと歩き出した黒猫を追い越して執事のように玄関の鍵を開けた。 そのまま黒猫を招き入れてから鍵を掛けなおしている間に 黒猫はメイド服に合わせたシンプルな黒い布地の靴を脱いで 廊下にあがっていた。 「場所はリビングでいいのよね?」 「ああ、親父たちは部屋に籠ってもらっているから遠慮はいらないぞ。 今頃黒猫の御馳走を二人して楽しんでいるだろうしな」 そして自分はわざとゆっくりと靴を脱ぐ。 黒猫は少し躊躇ったようだけど、こちらが時間がかかっているとみて すぐに先にいっているわね、と声を残してリビングに向かった。 さて、中の準備は万全だろうな?妹様よ。 自分もそれに加わらなければともう片方の靴は 急いで脱ぎ棄てると、慌てて黒猫の後を追いかけた。 「「「「メリークリスマス、そしてアイドル活動お疲れ様!! 黒いの(黒猫さん、ルリ姉、姉さま)!!」」」」 リビングのドアを黒猫が開けた瞬間、炸裂するクラッカーの音と 共に四者四様の声が黒猫に掛けられた。 「……え、ええ?」 おそらく開口一番、桐乃に罵声を浴びせられるのを 覚悟していたであろう黒猫は、想像と現実の落差に言葉を失っていた。 「ほら、なにをぼーっとつったってんのよ。 今日の主役が来るのをみんな待ってたんだから早く席につきなさいよ」 「黒猫さん、生放送お疲れ様でした。みんなでさっきまで ずっと黒猫さんのご活躍をテレビで見せてもらっていましたよ」 「ほらほら、ルリ姉。今日の料理もすっごく美味しく出来てるから 早く一緒に食べようよ!今度はテレビでやってたのもお願いね!」 「姉さま、今日の『やみのしょうぞく』。 テレビの中でもここでもとってもおにあいです!」 さらに四人は次々と黒猫に労いの、親愛の、歓迎の言葉を上げる。 「メリークリスマス、黒猫。ほら、早く入ろうぜ?」 相変わらず事態についていけずに硬直したままの黒猫を後ろから促す。 「……先輩、あなたもこれを知っていて……?」 あまりに平然とした俺の態度に、ことの状況を察した黒猫が 恨みがましい目と声を向けてくる。まあ黙ってて悪かったけどな? 「まあな。ほら、みんな黒猫の今日までのアイドル活動を 労ってくれているんだからさ。今をときめく 家庭派厨二アイドルとして皆の気持ちを受け取ってくれよ」 でもまあ、これもパーティにはつきもののサプライズイベントだよ。 黒猫の非難はしれっと流して、改めて皆の輪に加わるように そっと背中を押した。 「……ふ、ふふふ。まさかこんな不意打ちを用意していたとは…… 私の『真紅の神眼』を持ってしても見抜けなかったわ。 でもいいでしょう。それほど私の『栄光の虹路』を 讃えたいというのなら……皆の思うがまま称賛の祝詞を吟じなさい!」 お得意の荒らぶる堕天聖のポーズを決めながら やはりいつものようにドヤ顔を皆に向ける黒猫。 それは確かに厨二病な黒猫のいつもの応対なんだけどさ。 ここにいる俺たちはみんな知っているんだぜ。 それが不器用な黒猫が、恥ずかしさや素直な気持ちを覆い隠して 自分を奮い立たせるための『仮面』だってことを。 あのどや顔の裏には皆への感謝と感激が隠されていることを。 そしてそんな黒猫がここにいる皆、大好きだってことも、な。 もうじれったい、とばかりに桐乃に引っ張られて 無理やり席に付かされた黒猫に、沙織が、日向ちゃんが、珠希ちゃんが 次々と労いの言葉と乾杯のグラスを合わせている。 「本当にお疲れ様、黒猫!これからも頑張ろうな!」 自分も遅れじと、ノンアルコールのシャンパンが 入ったグラスを持って、その輪の中に加わっていった。 「ええ、皆にこんなにも応援されているんだから」 珍しく満面の笑みで黒猫は俺に、そして皆に応えてくれた。 優しく、柔らかく、お姉さんの包容力と親友への慇懃さを込めて。 それは黒猫のファンが待望して止まないもの。 SNSの写真リクエストでぶっちぎりトップの貴重なもの。 家族や親しいものだけに向けられる、瑠璃の本当の笑顔。 だけどファンには申し訳ないけど、この顔は皆に見せてやることができない。 だって、黒猫のいい表情を撮ることが生きがいになってきた俺ですら。 すっかりこの笑顔に魅了されてしまって、カメラを取り出すことすら 忘れてしまっていたんだから、な。 だからこの笑顔を常に黒猫が浮かべられるようになるその日まで。 待っていてくれよ、『闇の眷属』諸君。 * * * 「さて、そろそろかしら……ね?」 日付も変わってクリスマス会の後片付けもすっかり終わった後 私と先輩、桐乃と沙織はいまだリビングで取りとめもない おしゃべりに興じていた。 日向と珠希はお風呂を借りた後、客間に引いてもらった布団の中で もうぐっすり眠ったころでしょう。二人とも今日のクリスマス会で ずっと楽しそうにはしゃいでいたので、きっとクタクタでしょうしね。 それに……どこぞの妹萌えの変態の暴走から逃れるために 心身ともに疲れ果てたことでしょうし…… それでも日向はともかく珠希だって、まるで鬼ごっこで 遊んでいるかのように楽しそうに桐乃から逃げ回っていたから それはそれでよしとしましょうか。 まあその分、私と先輩の負担は生半可ではなかったけれども。 珍しく沙織まで一緒になって桐乃を煽るものだから 今日の暴走度はもはや『災害級』『ヒューマノイドタイフーン』と いっても差し支えはなかったわね…… まったく今日は改めて朝から晩まで目の回るような忙しさで いかな『夜魔の女王』たる私でも『此方の世界』の仮初の肉体では もう限界を通り越していたのだけれども。 まだ今日の最後のイベントが残っているからには もうひと頑張りする必要があるのよね。 「お、そうだな。そろそろ今日のクリスマス会のトリ。 『サンタさん大作戦』を決行するか」 「じゃああたしが二人の靴下回収してくるね! ふひひひ、ひなちゃんたまちゃんの寝顔はどんなかなぁ」 「待ちなさい!あなたような危険人物を眠っている二人の 傍に近づけるわけにはいかないわ!私が持ってくるから あなたはおとなしくここで待っていて頂戴」 私は世界レベルの反射神経をもって 桐乃よりも早く立ち上がって桐乃を制する。 「えー、そんなー。ただでさえあんたが有利なのに 持ってくる間に欲しいものをすり替えるとかなしだかんね?」 「そんな阿漕な真似するわけないでしょう! 大体うちの妹たちの欲しいプレゼントを皆で当て合う、だなんて どうしてこんなことになってしまったのかしらね……」 そもそも今回のクリスマス会の発端は 私がSNSに書きこんだとあるつぶやきが原因だった。 日向や珠希のクリスマスプレゼントを用意しようと考えて 覚書程度に二人の欲しいものを書きだしたり 珠希にもそろそろサンタクロースの真実を告げて 本当に欲しいものを聞き出そうと思っていることを つぶやいたりしたのだけれども。 桐乃に即座に『小さな女の子の夢を壊すな!』と散々に怒られてしまい。 その後も何度かレスを返しているうちに沙織や先輩も話題に加わってきて。 気がつけばいつの間にか、日向や珠希をクリスマス会に招待して その夜には皆で思い思いのプレゼントを渡すことになったのだ。 しかも誰が一番プレゼントの望みをかなえられるか、という競争付きで。 ククク、だけどこの件に関してははじめから勝負になどなってはいないわ。 普段から二人にずっと接している私には、二人の欲しいものなど 手に取るようにわかるもの。 でも桐乃に『あんたの狭い了見で二人の本当に欲しいものを 用意できてるとは限らないんじゃない?』なんて言われてしまって。 ちょっとだけ、あくまでちょっとだけ不安になってきたのも事実なのよね。 まあたまには家族以外の人からプレゼントをもらうのも 新鮮で二人にはいい経験になるかもしれないものね。 私にも今後の参考になることでしょうし。 クリスマス会の最後に、日向と珠希に『欲しいもの用紙』を手渡して 二人にサンタからのプレゼントで欲しいものを書いて 靴下に入れておくように、と伝えておいたのだけれど。 日向はもうサンタの真実などわかっているのだから ある意味茶番ではある。でも、さすがに珠希の前では空気を読んで 一緒に喜ぶ様を見せてくれていた。 あの娘もお姉さんとして妹のことを考えてくれていると嬉しく思うわ。 まあでも本心のところは、これで欲しいものが手に入ると 内心ほくそ笑んでいそうだけれどもね。 なおも食い下がろうとする桐乃の相手を先輩に任せて 私は一人リビングを出て客間に向かった。 既に何度もお邪魔して勝手知ったる高坂邸。 自身が客間で泊まった事もあるので暗闇の中も問題はないわ。 まあもともと『暗視能力』を持つ私には例え見知らぬ場所でも なんということはないのだけれども。 静かにドアを開き、客間にするりと入っていく。 カーテン越しに届く月明かりでぼんやりと照らし出された部屋の中は 想像していたよりも簡単に行動できた。 枕もとに近づくと、案の定、二人は静かな寝息を立てながら ぐっすりと眠っているようだった。柔らかな光の中で 二人とも文字通り天使のような寝顔を見せていた。 ふふっ、今日は本当にありがとうね、日向。珠希。 この世でたった3人の掛け替えのない姉妹。同じ魂を共有した大切な血族。 あなた達がいるから私はどんな辛いときでも頑張ってこれたのよ。 今日の出来事を思い返しながらしばし二人の寝顔に見入ってしまう。 いけない、こんなことでは桐乃のことをどうこういえないわね。 そろそろ自分の役目に戻りましょう。 大抵のプレゼントが入るようにと、通常ではありえないくらい 大きな靴下を二人の枕元から回収すると、そのまま再び 音を立てることなくドアを開閉して客間を後にする。 ふっ、隠形の術など闇の眷属にとっては基本能力よね。 少しばかり靴下の中に入っているだろう『欲しいもの用紙』を 見てみたい衝動に駆られるけれども。さすがにそれはフェアではない。 私は逸る気持を抑えるように、急ぎリビングに戻っていった。 「おかえりなさい、黒猫さん。さて私もどきどきしてきましたわ」 リビングのテーブル上に二つの靴下をおくと この場を代表して沙織が中に入っている『欲しいもの用紙』を 取り出して貰うことになった。 まずは日向の用紙。私の事前チェックでは『新しい他所いき用の靴』 だったので、ひたすらに『知識の泉』を渡り歩いて 今どきの小学高高学年の女の子が欲しがりそうな靴を調べつくしたわ。 色もあの娘の大好きな暖色系を基調としたものを用意したことだし。 これは問題なく私の勝利は約束されたものね。 周りを見渡すと、桐乃は暖かそうなジャケット。 沙織は可愛らしい手提げバッグ。そして先輩は 3DSのゲームソフトを用意していた。 ……確かにどれも日向が欲しいと言っていたものばかりね…… どうやってこの3人はこんな情報を集めたのだろうか。 くっ、どうやらこの勝負、楽には勝たせてくれないようね。 「では開けますよ、はい!」 沙織が二つ折りにされていた用紙を開いてテーブルの上に置いた。 そこに書かれていた日向の欲しいものとは。 『あたし専用の料理道具』 思わず何度も用紙を見返したり裏に他の願いが書かれていないかと 疑ってしまったけれど。どうやらこれが本当に日向の欲しいものらしい。 「そっか……日向ちゃん。あの時のことって」 小学生の欲しいものとしてはおそらく奇抜といえるような内容に 私や桐乃、沙織が揃って困惑していた中、一人先輩だけは 何かを納得して頷いていた。 「ちょっとどういうこと?あんか何か知ってるなら教えなさいよ」 それを見咎めた桐乃が先輩を問いだ出す。 一瞬しまった、といった顔を見せた先輩だけど 慌てたようにその質問に答えを返した。 「いや、き、きっと日向ちゃんは黒猫に触発されて これから料理を頑張ろうって思ったってことじゃないのか、これ」 「ん~まあ確かにそうかもしれないケド。あんたなんか隠してない?」 「いやっ!そんなことは断じてないぞ!!」 あからさまに先輩の態度が怪しい感じはするけれど。 それを追求するより早く沙織が私に話しかけてきた。 「よかったですね、黒猫さん」 「……ええ。私のプレゼントは無駄になってしまったようだけれどもね。 まあ今はさすがに誰も調理道具なんて持ってないだろうから 実家に戻ってから私が見繕って日向に買ってあげることにするわね」 最近は私のアイドル活動で帰りが遅くなることが多くて 日向が食事の用意をすることも多くなってきたけれど。 日向の料理の腕前は未だ『食材を食べれるようにする』域を脱していない。 とはいえ、遊びたい盛りの日向ばかりに負担をかけられないから そこをどうにかしようなんて真面目に考えたことはないのよね。 漠然とそのうちに身につけてくれてばいいと考えていたから。 それが日向のほうからしっかりと料理をしたい意思を示してくれるなんて。 先輩だけが知っている『あの時』とやらが少し気にはなるけれど。 日向の気持ちが嬉しくて、つい顔が綻んでしまうのを隠せなかったわ。 「ん、じゃあ今回は引き分けってことで。 とりあえず皆のプレゼントをひなちゃんの靴下袋に入れておこうよ」 そんな私を見て、桐乃もそれ以上野暮な詮索はやめにしたらしい。 皆のプレゼントを詰め込んで、それこそサンタクロースの持つ プレゼント袋のように一気に膨らんだ日向用の靴下袋の口を軽く縛ってから ひとまずテーブルの脇に置いておいた。 次は珠希の番ね。日向は嬉しい誤算で予想を外してしまったけれど。 今回ばかりは私の勝利に疑いようがない。何せテレビを見ている時に 発売されたばかりのメルル人形が欲しいと何度も言っていたのだから。 桐乃はこちらも発売したばかりのメルルステッキ3rdバージョン。 勿論これにも珠希は興味を示していたので侮れないわね。 いえ、よく見ればステッキに変形ギミックが付いている受注生産版!? ま、まああなたならば持っていても不思議ではないけれど…… 沙織はすでに入手困難となっている限定品のメルル変身セット。 く、最近の沙織は目的のためには手段を選ばないわね。 この容赦のなさは香織さんを彷彿させるわ…… そして先輩は……ま、まさかこれは世界に1つしかないはずの 1/5メルルフィギュアEXバージョンだというの!? つまりは本来これを持っているのは此の世にただ一人なわけで。 ……このためだけに加奈子から譲りうけたというの、先輩!? 周りを見渡せば誰もが不敵な笑みを浮かべていた。 くっ、まさかここまで皆が本気になって この勝負に臨んでくるなんて計算外もいいところだわ。 後から考えれば、既に珠希の欲しいプレゼントを当てるという 当初の目的から大きく離れてしまっていることに皆が気が付かないほど 異様な雰囲気と熱気にその場が包まれていたわね…… 「では珠希さんの欲しいものは……これです」 こちらは日向のように二つ折りにしていなかった『欲しいもの用紙』を 沙織は取り出すと、そのままの勢いでテーブルの上に置いた。 皆の視線が一斉に集まりそこに書かれている『欲しいもの』を見る。 それは日向とは違って、作文のように文章になっていた。 『わたしはおにいちゃんがほしいです。 るりねえさまとおにいちゃんは、すきな人どうしなので、けっこんすれば おにいちゃんは、ほんとうのおにいちゃんになってくれるとききました。 そうなればるりねえさまも、いっぱいいっぱいよろこんでくれます。 そればかりか、きりのおねえちゃんもおねえちゃんになってくれます。 だからサンタさんおねがいします。おにいちゃんをわたしにください。 そしてねえさまやひなたおねえちゃん、さおりおねえちゃんもいっしょに いつまでもきょうのような、たのしい日がつづくとうれしいです』 ……え? 珠希の『欲しいもの』の内容があまりにも衝撃的で暫く頭が真っ白になった。 ようやく理解が追い付いた時には、私の視線は先輩の方に釘づけになっていた。 先輩もこちらを見ていた。なんとも恥ずかしそうな気まずそうな 苦笑いをその表情に浮かべて。きっと私自身もそんな顔をしているだろう。 先ほどからどうしようもないほど顔の温度が上がっていく。 それでも今度は先輩から目が離せなかった。 珠希の『欲しいもの』の意味するところを考えれば考えるほど 思考がぐるぐる回る気がするのに、その内容は一つに集約する。 その想いが溢れ出て、言葉は無いままに二人の気持ちが交錯していた。 「よかったじゃん、あんたたち。早速明日にでも結婚して見せてあげたら?」 桐乃の言葉にようやくその呪縛が解かれた。 その物言いに、計らずも桐乃をひどく傷つけてしまったのではと ようやく考えるに至って、途端に心を不安が埋め尽くす。 「桐乃、聞いて頂戴。これは珠希の……」 「ああ、わかってる、わかってるって。そんな慌てた声出さないでよ。 あたしだって小さい頃はこんな無邪気な願い事の一つくらい持ってたって。 だから……たまちゃんの『欲しいもの』は本当によくわかるんだ」 桐乃は何かを懐かしむようにとても穏やかな表情を浮かべていた。 桐乃にとってそれはとても大切なことなんだとその表情が物語っていた。 「ふふっ、珠希さんは本当に今日のことを気に入ってくれたのですね。 そして日向さんもですが、本当に黒猫さんのことが大好きなのですね。 珠希さんの『欲しいもの』を叶えられる様に、私たちはこれからも 本当の家族のように仲良く楽しくやっていきたいですわね」 沙織も満足げにそう言ってくれた。 ……どうやらみっともないほど醜態を晒しているのは私と先輩だけのようね。 二人とも珠希の目線になって『欲しいもの』を理解してくれているのに 実の姉にしてこの体たらくとはなんとも情けないかぎりだわ…… 先ほどまで感じていたそれとは別の恥ずかしさのおかげで ようやく心も落ち着いてくれた。 「そうね。珠希には明日しっかりといい含めておくとして…… 改めてありがとうと言わせて頂戴、桐乃、沙織、先輩。 日向や珠希、勿論私もこんなに楽しい時間を過ごせたのは皆のおかげよ」 「へぇーやけに殊勝な態度じゃん。いつもみたいに 『眷属が女王のために奉仕するのは当然よ』って 本当は思ってるんじゃないの?」 「きりりんさん、こんな素直にお礼を言っている黒猫さんに それは失礼というものですよ?」 「まったくだぜ、ありがたく礼を受けておかなきゃ 罰があたるってもんだ。こんな黒猫滅多に見られないんだからな?」 皆が声を揃えて一斉に笑い出す。 まったくこんなときくらいと素直にお礼の気持ちを伝えたというのに。 皆が皆、私のことを知りつくしてくれているのも困ったものね。 皆が笑ってくれるおかげで、本心を告げた恥ずかしさも どこかに飛んで行ってしまうもの。 本当、こんなにも自分のことを理解してくれて。 そこにいるだけで楽しくて嬉しくて安心するような関係を 家族以外に持てるなんて昔の私は考えたこともなかったわ。 だからきっと。きっとこの先にこそ私の望む『理想の世界』があるはず。 珠希の『欲しいもの』をそのまま具現化したようなその世界が。 そしてアイドル活動を通して改めて家族の暖かさを。 親友の大切さを。そして大好きな人の存在を見つめ直した今の私なら。 それを絶対に掴みとってみせるのだから。 皆の笑い声に包まれて、いつしか私も皆と一緒になって笑っていた。 聖なる夜に向けられるあの有名な言葉通りに。 メリークリスマス。私の大切な人たち。 『堕天聖』たるこの身は本来闇からは逃れることはできないけれど。 今日このときくらいは皆のために聖夜を祝うのを許して頂戴ね。 いずれ、今日のような特別な日だけに限らずに。 いつだって幸せに包まれた暖かな未来が待っているのだから。
https://w.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/681.html
本日は特別司会に槇島沙織さんをお迎えして放送しております 「沙織でござる、本日は宜しくお願い致すでござる」 「さて、まずはこのパネルを見て欲しいでござる」 パネルには今までに公開された黒猫のスク水写真が多数貼り出してある 「ここに集いし諸兄であれば何枚かは所持されているはずでござろう?」 「さて、それらを見てなにかお気づきになりませぬか?」 ピンポーーーン パネラーがボタンを押す 「はい、胸がちい「ピ~ヒョロロ~~」」 ピンポーーーン 別のパネラーがボタンを押す 「ちっぱ「ホーーホケキョ」」 「やれやれでござる、意外と見る目がないのでござるな」 「正解は表情でござるよ、どの写真も驚いたり怒ったり不機嫌だったりで 不意をついたゲリラ撮影による物であると予想できまする、 さらに言うならば、黒猫氏は水着写真を撮られるのを嫌がる人であるとも言えまする」 パネラー達から声が上がる 「言われてみれば、そうかも」 「なるほど、その発想はなかった」 「顔しか見てなかった」 「さて、ではこちらの問題の写真を見ていただけますかな?」 問題のビキニ写真を指差す 「何か違和感を感じませぬか?」 ピンポーーーン パネラーがボタンを押す 「はい、PA「ピーポーピーポー」」 「は~~、やれやれでござるな~、よく見てくだされ」 「まず、ビキニ姿であられるのにカメラ目線ですぞ? さらに水着の京介氏とビキニ姿で同席しておられるのにテンパッておられない、 極端に恥ずかしがりやな黒猫氏にしてはあきらかに不自然でござろう?」 「つまりこの写真はコラである可能性が非常に高いと言わざるをえませんぞ」 「おそらく黒猫氏に撮影拒否されたか更衣室に立て籠もられるか 逃げられたかしたのでござろう、 しかたなく吹き替え撮影をして合成する時に体型の補正を 発注ミスしたのだと拙者は考えるのでござるよ」 「つまり黒猫氏自身は胸パッド増量など最初からしておられなかったのでござるよ」 「さて、賢明なる諸兄はどのようにお考えですかな?」 「さてさて、そろそろお時間のようですので拙者はこれにて」 おわり
https://w.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/1195.html
(注)12巻に対するネタバレを(多少)含みます。 最終巻の衝撃からなかなか立ち直れない日々でしたが 夏季休暇中に遊園地に遊びに行ったとき、これは是非ともこのネタで 黒猫SSを書くしかない!という勢いだけで書き上げました。 最初は本当に黒猫と京介が『運命の記述』に従って 遊園地でいちゃいちゃするだけの話のつもりで書き始めたのですが…… やはり一人の黒猫ファンとして、運命に逆らうことになっても 黒猫に幸せな結末へ続く道を示したくなってしまいました。 おかげでいろいろと話を詰め込みすぎていますけど できる限りの黒猫愛も書き込んだつもりです。 久しぶりに書いたSSで拙なすぎる作品ですが 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。 ------------------------- 「……それにしても、千葉から本当に遠くまできたものね?」 「たまには思いっきり遠出するのもいいんじゃないかと思ってな。 それに黒猫は絶叫系が大好きだって聞いからここを選んでみたんだぜ?」 先輩と付き合いだした夏休み。毎日のように先輩と『運命の記述』に従って 儀式をこなしてきた私たちだけど、昨日、先輩と別れる前に私が示したのは。 --先輩と、遊園地に行く だ、だって恋人たるもの遊園地で二人だけの思い出を作るものでしょう? 桐乃から借りた『恋愛指南書』でも、『彼氏と遊園地で次なるステップを!』 なんて項目で長々と遊園地デートの心得が書かれていたくらいだし 私だって興味がないわけではないし…… ち、違うのよ?あんなリア充たちが喜ぶようなカップルのアトラクションが 目当てではなくて、先輩との絆を確実にするために、日常と違った体験を 二人で共有することで、いまだ目覚めぬ前世の記憶を呼び起こすのに これは必要な儀式なのよ。 ようやくその大切な儀式を遂行する日がきたのだけど…… まさか先輩が、『そういうことなら俺に任せてくれ!』なんて 張り切って応えてくれるなんて思っていなかったわ。 記述通りだとはいえ、初めて先輩から積極的に応えてくれたのが嬉しくて 家に帰ってからも落ち着かなくて、つい先輩との楽しい一時を想像して。 日向にそのたびに突っ込まれていなければ 何度夕飯のおかずを焦がしてしまいかけたかわからなかった。 そして迎えた今朝。 アトラクションで並ぶことも多いだろうから、 あの人が褒めてくれた白いワンピースに鍔広帽を被って暑さ対策をして 栄養のバランスを度外視してでも先輩の好きなおかずを沢山つめた バスケットを持って、いまだ夢心地のままで待ち合わせの 駅に向かったのだけれども。 『とりあえずチケットは全部確保してあるからな。じゃあまずはこれだ』 『……あら、目的地は舞浜ではないのね?』 『そこだといつでもいける近場だろう?場所は着くまでの秘密ってことで』 てっきり私の仇敵たるネズミのマスコットの テーマパークにいくのかと思っていたのだけど。 でもチケットにかかれた駅名からするともっと遠くの遊園地に向かうようね。 とはいえ、遊園地など、家族で数年に一度、先のテーマパークに 訪れた以外では以前に桐乃と沙織と同じ場所に一緒に出掛けたくらい。 そんな私には先輩が向かう先の予想などできようはずもない。 『そう……ではお手並み拝見といこうかしら?』 いつもの私のように不敵な笑みを浮かべながら先輩を挑発するように声をかける。 付き合う前なら『おう、目にものみせてやろうじゃねえか』と半ば悪ノリも 含めて応えてくれたものだけど。 『ああ、きっと黒猫も気に入ってくれるよ。今日は任せてくれ』 そんな優しい顔で自信満々に告げられたら 恥ずかしく貴方の顔をまともに見られなくなってしまうじゃない…… 付き合いだしてからというもの、今まで以上に私に対して 先輩は優しく思いやりのある姿を見せてくれる。 それは本当に嬉しくて、そして彼女としてとても誇らしいこと。 いまだに彼女として自信が持てない私の不安も 貴方はそうやっていつも吹き飛ばしてくれるのよね。 耳まで真っ赤になったであろう私は、俯いてそんな姿を 先輩に見せないようにするので精一杯だった。 でも……このドヤ顔に近い自信満々な顔はひょっとして…… 一抹の不安があるのも確かね…… その後も先輩に連れられるままにいくつも電車を乗り継いで ようやく到着したそこは…… 眩しく映える日本一の霊峰の裾野……のようね。 確か……首を落とされない限り死ねない伝説の戦士たちの故郷の地、 だったかしらね、この遊園地が冠する銘は。 * * * 「まあ今日は先輩に任せたのだからこの場所に異論はないのだけれど」 私は敷地内に乱立する様々なアトラクションを眺めつつ 先輩に疑問に思ったことを訊ねてみた。 「私が絶叫系を好きだというのはどこから得た情報なのかしら?」 問いながらも答えなどは分かりきっている。私と一緒に遊園地に 行ったことがあって、先輩にその情報を提供可能な人物の候補は3人。 以前、おたくっ娘集まれのオフと称して遊園地に遊びに行ったときには 「奔流の峰」や「虚空の雷山」で、途中で取られる記念写真を みんなで見たときに、余りにも澄まし顔で写っていた私に対して 『あんた怖すぎて無表情になってるだけじゃないの、これ?』 『飛行呪で自在に空を翔る夜魔の女王たる私に、この程度の動きで 特別にリアクションを取れと言う方が無理なことよ』 『おおー、さすが黒猫氏。ここの家族向けのコースターでは 黒猫氏のお眼鏡に適わぬようですなぁ』 『じゃあ今度はさ、もっとすごーーい絶叫系のある遊園地に行こうよ!』 こんなやりとりをしたことがあった。 おそらく私の遊園地の好みを訊ねた先輩に、あの時半信半疑だった桐乃が 私への当てつけも込めて教えた姿が目に浮かぶようね。 それに先輩は桐乃の情報を裏付けるべく 日向にこっそりと連絡を取ったことも考えられるわ。 私が家族で行ったときには絶叫系に乗りたがらないから だからこそ日向は桐乃の話を面白がって肯定した事でしょうね。 まったく、日向は帰ったら再教育決定ね。 あと今夜のおかずは冷蔵庫に残っていたピーマン尽くしにしましょう。 それにしてもあの時はあの二人の前で醜態をさらさずに済んだことに 心から安堵していたのだけれども、まさかそれが今日、この日に 再び私の前に立ちはだかる因果になろうとは。 でもいいでしょう。それが私と先輩が乗り越える運命というのなら。 私の『真紅の神眼』は来るべきその時を予め見通していたのよ。 あの日以来、遊園地作成シミュレータを使ってあらゆるジェットコースターを 仮想体験した私は理論上絶叫系マシンの達人と言っても過言ではないわ。 それに『恋愛指南書』にもこうも記されていたわね。 『コースターで一緒にどきどき体験!?これで彼の気持ちも貴方に夢中!!』 吊橋効果とはいえ、先輩の気持ちをより私に惹きつけることは 儀式の最終目標に向けて欠かすことのできない優先事項。 そのための残り少ない時間を考えれば、手段を選んではいる暇はないわ。 「ああ、前に桐乃達と一緒に遊園地にいったんだろう? その時の桐乃から聞かされた話を思い出してここならと思ったんだよ」 ……驚いた。桐乃と沙織と一緒に遊びにいったのはもう半年以上は前のこと。 そのときの話を先輩が覚えてくれていたなんて。 心に湧き上る暖かさと恥ずかしさを隠すように 『堕天聖の見得』をとりながら精一杯の努力で不敵な笑みを作り出した。 「そ、そう。それなら私を満足させるような『魔奔機』が ここにはあるということね?」 「ああ、ここには日本有数の絶叫マシンが揃っているからな。 黒猫にもきっと楽しんでもらえる自信があるぜ」 --先輩と、遊園地に行く 空で燦々と輝く夏の太陽と、同じくらい まぶしい笑顔を見せる先輩に惹きこまれながら。 今日もまた、忘れられない思い出と共に 約束の時へと歩を進めることになるのでしょうね。 * * * 入園して、まずはフリーパスのための写真を撮ったのだけど 先輩は撮影のタイミングが分からず、レンズを下から覗き込むような すごい顔になっていたわ。 その後、コミケもかくや、という人の流れと一緒に 最初のアトラクションに向かうことにしたのだけど。 「ほら、黒猫」 「はい、お任せするわね」 当然のように先輩は私に向かって手を差し出し、そして私も気兼ねなく お弁当の入ったバスケットを手渡す。この一週間、先輩と過ごした毎日で すっかり私たちの『魂の絆』も強く結ばれたものね。 「それにしても……朝からすごい人出ね」 「家族連れに海外旅行の団体客。それにやっぱりカップルも多いよな。 まあ俺たちもそうなんだけどな?」 「ば、莫迦。いきなり何を言い出すのよ……」 「ははは。でもこうも人が多いと、はぐれちゃいそうだよな」 先輩はともかく、私は文字通りの人波に何度もさらわれそうになっていた。 その度、先輩はやはり人波を掻き分けて助け出してくれるのだけど。 「……やっぱり手を繋ごうか?」 「え……なっ、ななな何を言ってるのよ、こんな人目の多いところで」 私は慌てて両手を背中にまわしてしまった。 それに……正直なところまだまだ自信がなかった。 きっと初めてのデートのときのように、緊張と恥ずかしさで 私の心も身体もきっと耐えられないわ…… 「よし、じゃあこんなのはどうだ?」 でも今日の先輩はそんな私にもひるまずに次の手を打ってきた。 先輩がバスケットの持ち手の端をぎりぎりで持つようにして 逆側の端をこちらに差し出してくる。 「え、ええ……これなら……」 恐る恐るバスケットの持ち手を握ってみた。 先輩と持ち手を介しているとはいえ手を繋いでいる…… このシチュエーションを改めて意識すると 顔に流れる血液量は普段の5割り増しになったような気がする。 「よし、これではぐれる心配もないな。じゃあ改めていこうぜ!」 「……それにしても今日はいつも以上にテンションが高いわね?」 なんとか平静を装いながら、朝から感じていた事を尋ねてみた。 今日の先輩は主に妹のために発動する暴走モードに近いくらいの ノリと勢いが感じられる。 「そりゃ彼女と一緒に遊園地デートだぜ?嬉しくないわけないだろう?」 「そ、そう」 「それに俺もここの絶叫コースターは前々から乗りたかったんだよ。 それが彼女と一緒に楽しめるなんてもう最高だろ!」 満面の笑顔で先輩は答えてくれた。 私の顔に上った血液量はその色にふさわしく通常の3倍にも達しようとしたが 続けてハイテンションにこの遊園地のことを語りだした先輩は そのことに気がついていないようだった。 それにしても、先輩がそんなに楽しみにしてくれていたなんて。 いつもは『運命の記述』に従って予定を決めていたし その日の行動内容も私が率先して進めていた。 幸い先輩もそれを楽しんでくれていたようだし。 それが今日は予定そのものは『運命の記述』からだけど 行動内容は先輩が決めてくれたもの。普段と違うその感覚と 先輩のいつも以上に楽しそうな姿が、本当に新鮮で、嬉しくて。 たまには私の運命を委ねてみるのも悪くないのかもしれないわね。 それが私の運命を握る人ならなおさら……ね。 * * * 「まずは、ここの4大コースターの中でも最新鋭のここだな」 「……レールが普通じゃないレベルでねじれているわね。 それにあの部分。あの角度はどう考えてもありえないわ……」 「ああ、あれがこのコースターの目玉!ギネス記録認定の 角度121度の垂直をも超えた絶叫落下コースだぜ!!」 相変わらず先輩のノリノリの口上は続いていたけれど その外観だけで十分に伝わってくる威圧感のおかげで ほとんど内容は耳に入ってはこなかった。 緊張と不安が抑えようもなく、心拍数が上がっていくのが分かる。 こ、この私にここまでプレッシャーを与える存在など…… 霊峰の力を一身に受け、神格が上昇しているというわけね。 「まあ、その前にこの行列を待つのが先だけどな……」 「ふっ、この程度の行列。マスケラのイベントで 人気サークルの本を手に入れるときと比べればわけはないわ」 私のように普段からイベントに参加し慣れているものにとっては 1時間程度の待ち行列など日常茶飯時。それにすぐにアレに乗り込む 心配はないことで、軽口を叩く心の余裕が出てきた。 それに……その間、ずっと先輩と一緒にいられるのだから。 そう考えただけで、先ほどまであれほど 萎縮していた心が、嘘のように落ち着いてきた。 この先の未来は『運命の記述』を持ってしても、熾天使の暴走、 魔王の暗躍、闇天使の武力介入などの不確定要素で 一つの運命線に確定するのは困難を極めるのだけれども。 少なくとも今は、今だけは私だけを支える存在として先輩はいてくれる。 そんな幸せを今更ながらに噛み締めた。 「ほら、黒猫、暑かったらこれ使ってみるか?」 そういって先輩が差し出したのは……青いスカーフ、かしら? 「何でも濡らしておくだけで気化熱で冷えるんだってさ」 そういえばそんな暑さ対策グッズがあったわね。 普段の私は妖気の膜で熱気を防いでいるので全く必要のないものだけど 日向や珠希のために購入を検討したこともあるわ。まあ日向にはほとんど 必要がないでしょうけれども。 「今日は白猫だから、普段の妖気の膜も効力が弱そうだしな?」 「ふふっ、そうね。この格好の私は無力な人間の娘に過ぎないわ。 だからありがたく使わせて頂くわね」 先輩の苦しい言い訳に、つい笑いがこみ上げてしまったけれど せっかくの申し出なのだからお礼に私も話を合わせてあげるわ。 濡らしたまま持ち運べるようにと、ビニールのケースに入っていた スカーフを取り出して早速首に巻いてみた。 「ひゃん」 すぅっと首筋が冷たい感覚に包まれて思わず声を上げてしまった。 でも先ほどまでのこの暑さも一気に和らいだ気がする。 「く、黒猫?何かおかしなところでもあったのか?」 「だ、大丈夫よ。ちょっと冷たさに驚いただけ」 私の反応に先輩が慌てた様子で確認してきた。本当にこの人は 自分のことにはいい加減なのに、人のことにはとことん心配性なんだから。 「そ、そうか。で、どうだ?」 「ええ、とても涼しげで気持ちがいいわ」 「そっか、よかったよ。この前桐乃が友達の間で流行っているって 言ってたからな。部活の後で使うと気持ちがいいとかって」 「……それなら貴方の妹にも後でお礼をいっておかなくてはね」 ……本当にこの人の話には妹の話題が途切れることはないわね…… でもまあ……妹のために一生懸命になれる姿が好きになったのは私なのだし。 今は私のために気を配ってくれたことを素直に喜んでおきましょう。 「でも青色のスカーフ、名前の通りに似合っていて安心したよ。 って、俺のセンスじゃあダメなのかもしれないけれどな」 「いいえ、私も青は好きな色よ?それに貴方が選んでくれたものなら……」 首もとのスカーフに両手を当てて、先輩と自分の想いを大切に胸にしまう。 「私にとってはかけがえないものになるわ」 今までの私はこんなに素直に相手に感情を伝えることなどできなかった。 それがこの1年で随分変わったものだと思う。 その理由の根源たる人は、一瞬私の顔を凝視した後すぐに視線を そらせてしまったけれども、顔を赤くしながら、そっか、とつぶやいていた。 まったく私をこんな風に変えてしまったのだからその責任は 取って欲しいものよね。そんなヘタレた態度では困るのよ? でも、そんな貴方だからこそ好きなのだから……私も処置なしよね。 * * * 「おお、ついてるな、黒猫。俺たちコースターの先頭だぜ!」 「そ、そうね……でも縦には2列しかないのだから そんなに珍しいことではないのではなくて?」 いよいよ次が私たちの順番となった。レールでも見た通りの激しい動きを 実現するためなのか、横4列縦2列しかない小さなコースターなのだけど 幸か不幸か前に並んでいた人たちがぴったり納まったため 必然的に先頭に乗り込むことになってしまった。 前のコースターが出発する様を見守りながら、私は『恋愛指南書』に 記されていた『苦手な人もこれで克服!コースター必勝法!!』の内容を 呪文の詠唱のように繰り返していた。 リラックスすること、正しい姿勢で座席に座ること、 下肢を安定させること、怖いときには声を出すこと…… と、ともかくこれを落ち着いて実践すれば何も心配することはないわ。 それに私はあらゆるジェットコースターをシミュレート済みなのだから このコースターが例え新型といえど、すぐに適応できるはず。 ククク、この夜魔の女王に乗座される栄誉を喜びなさいな。 「おーい、黒猫?俺たちの番だぞ?」 ……いけない。思考に埋没して魂が遊離してしまっていたわ。 決して現実逃避していたわけじゃないのよ?勘違いしないで頂戴。 慌ててハンドバッグと帽子をロッカーに預けて、コースターに駆け寄った。 「ほらっ、こっちだ」 「ええ、ありがとうっ!?」 既にコースターに乗り込んでいた先輩は、私に手を伸ばして コースターに引き入れてくれる。って、あまりにも自然すぎて 気にする暇もなかったけど今私と先輩は直接手を握って…… ……おかげでコースターへの緊張はどこかに吹き飛んでしまったけれど 別の意味で心拍数が急上昇してくらくらしてきたわ…… 「さあ、黒猫。めいっぱい楽しもうな!」 「せ、せいぜいこの私を楽しませて御覧なさい!」 精一杯の虚勢を張ったところでついにコースターが動き出した。 いきなりトンネルに入って視界をさえぎられたところでの急加速。 左右に振り回されつつ上空に光が見えたと思ったところで 一気に傾斜を駆け上った。 そして、トンネルを抜け出したところで 私たちを待っていたのは憎らしいほど滑らかに弧を描くループだった。 「ーーーーーーーーーーっっっ!!!!」 強烈なGで押さえつけられながら声にならない悲鳴上げる私。 指南書にあったように実際に声を出すことすら適わない。 この私の『此方の世界』での仮初で脆弱な肉体は あまりにもの大きな『心的威圧』を受けるとすぐさま 『霊縛状態』に陥ってしまうのだ。 そのおかげで逆に醜態をさらさずに済んでいるともいえるけれど 困ったことに身体は思うように動かなくとも、逆にその間の 感覚が鋭敏となってしまう気がする。 先よりも増した体感速度と強烈なGが私の身体と心に 荒れ狂う竜巻に取り込まれたかのような衝撃を与え続ける。 これが……これこそが『闇の渦』…… 夜魔の女王たる私はこの『門』を再び通って 『此方の世界』の貴方と雌雄を決することになるのね…… 「おおお、ものすごいループだったなぁ、黒猫!」 ……いけない、意識が半分飛んでいたわ…… 先輩の声で漸く我に返った私は状況を改めて認識した。 先ほどまでの荒れ狂う多重ループのコースは既に通り抜け 緩やかで平坦なレールになっていた。 「さあ、これからがここの目玉。121度落下だぜ!」 もう終わり……?と思った私の考えは先輩の言葉に脆くも打ち砕かれた。 コースターは程なく空へと屹立するレールをゆっくりと昇り始め…… そして頂上でゆっくりと水平に……そして前に傾き始める。 え、え?、え!?お、お、お、おおおお落ちるじゃない!? 乗客をあざ笑うかのように必要以上にゆっくりと前方に傾き続けた コースターはついに垂直に、いえ、鋭角に落下した。 「おおおおおおおっっっ!!!」 「~~~~~~~ーーーーっっ……」 逆落としに、いえ、まるでコースターがレールからはずれ 背中から落ちるような恐怖の中、隣の先輩が歓声とも雄叫びとも 取れぬ声を上げていたけれど、私は先ほどと同様に 『霊縛状態』に陥ってしまっていた。 その後はまたも上下左右に、そしてご丁寧に捻りまで加えた 文字通り三次元を縦横無尽に、芸術的までの立体機動を見せるコースターは 私のシミュレートしたどのジェットコースターでも見たことがないような 複雑な軌道だった。 わ、私の計算を超えるほどの動きとは……見事、と言ってあげましょう。 今回は私の負けにしてあげるわ。せいぜい一時の勝利を喜ぶことね。 そんな魔王の捨て台詞を思い浮かべたのも 息も絶え絶えになりながらゴールについてからだったけれども。 でも、これで全てが終わりだとは思わないことね。 運命を乗り越えた暁には、きっと私はまたこの地に戻ってくるのだから。 今度は先輩だけでなく、私たちの大切な人たちと一緒に……ね。 「それにしてもすごかったなぁ。まさに絶叫って感じで叫びまくっちまったよ。 でもさすが黒猫。話に聞いた通り、ずっと澄ました顔で乗ってたもんなぁ」 「と、当然でしょう。夜魔の女王の力を甘く見ないで頂戴。 ……でも思ったより楽しませてもらったわ。さすが日の本の国の技術力ね」 「楽しんで頂けたなら光栄の至りです、女王。お、写真撮影の方はどうだ?」 「……先輩はすごく間抜けな顔で吼えているわね……」 「ほっとけっつーの。この写真。記念に買っていくか?」 「で、でも先輩はともかく、私は無表情に写っているだけだし…… 余り面白くはないんじゃないかしら……」 「なにいってるんだよ。どんな写り方をしていたって……」 もう一度先輩は私たちの写真を表示したモニタを仰ぎ見た。 「これは俺たちの今日だけの大切な思い出だろう?」 「そ、そう……ね。でもこんな写真なんかもっていたら 後で日向になんていわれるか……」 「ん~それなら携帯の壁紙にしてもらおうか。 画像データならお前も保管しやすいだろう?」 先輩は受付の人に壁紙の注文をして、QRコードが印刷された レシートを手渡されていた。 「これを携帯に読ませればいいみたいだな?」 先輩に差し出されたレシートを受け取ると、バーコードリーダーで 情報を読み取り、画像データをダウンロードさせた。 私と先輩の……大切な思い出…… 携帯に映し出された画像の中の私は、さっきモニタで見たときよりも 不思議と微笑んでいるように見えたわ。 * * * 私たちは次に爆発的な加速で有名だと言うコースターに並ぶことにした。 単に今のコースターの隣にブースがあったというだけなのだけれども。 行列が建物内にできていたので、私の天敵である真夏の日光からは 守られていたのだけど、風の流れも遮られているので、先のコースターに 並んだときよりも体感温度は高いくらいね。 「黒猫、これでも飲むか?」 「ええ、頂くわ。それにしても今日はやけに用意がいいわね?」 先輩が差し出してくれたのはビニール製の水筒、かしら? しかもどうやらあらかじめ凍らせてきていたようで 手で持つと気持ちのよい冷たさが伝わってきた。 「この暑さの中で何度も並ぶことになるのはわかってたからな。 コミケのときに沙織に夏の行列の並び方を教わっておいてよかったぜ」 「ふふっ、まったく先輩もすっかりこちらの人間ね」 キャップをはずして一口飲んでみると……中は麦茶のようね。 水分と一緒にミネラルも取れるから、私も夏場は家で重宝しているわ。 「まったくだよ。俺は平凡な人生を心から望んでいたんだけどな。 でもまあおかげで」 「おかげで?」 話の途中で言葉をきった先輩の先を促す。 「……まああれだ。こうして黒猫とこんなところにこれているんだしな?」 2,3度逡巡した後、恥ずかしそうに先輩はそう続けた。 迷っている間に先輩が何を考えていたのか。 その理由に思い至って私の顔も一気に赤くなってしまった。 「そうね……私だって1年前までは想像もしていなかったけれど」 互いに恥ずかしくてお互いの顔を見れなかったけれど きっと二人とも出会いから今までの出来事を思い返していたのだと思う。 二人で育んできた『愛の絆』を、ね。 結論からいえば、最初のコースターに比べれば こちらのコースターはおとなしいものだった。 ……最初のロケットのような加速以外は。 カウントダウンから、およそありえない速度で撃ち出された (文字通りそう表現するのが最適なほどの勢いだった) コースターは、スタート地点からはるか向こうまで続いていた 長い長い直線を一瞬で駆け抜けていた。 なんでも先輩によれば「最高172km/hまで2秒弱で加速した」らしいけれど 情けないことにまたも私の身体はその余りにも加速力に耐え切れずに硬直して 意識も彼方に飛んでいたのではっきりしたことは覚えていなかったけれども。 その後のコースはそれに比べればおとなしく、最後の垂直タワーには 少々驚かされたものの、それも先の鋭角落下に比べれば可愛いもの。 見縊らないで頂戴。この夜魔の女王に同じ攻撃は2度と通用しないのよ? 最後の記念撮影ポイントで、カメラ側に意識を向けるくらいの余裕が 私にも生まれていたわ。 記念写真は今度はシールとして私と先輩で半分ずつに分けたのだけど。 「お、今度は二人とも笑顔で写っているな」 「ククク、勘違いしないで頂戴。私は笑っているのではなく 最初の加速しか見所のない不甲斐ないこのコースターを嘲っていたのよ」 「そ、そうか……まあこの写真みたいに素直に笑っている黒猫も そうやっていつもの照れ隠しする黒猫も可愛いことには変わらないけどな?」 「な、なななな何を言っているのよ……」 まったく……この破廉恥な雄は今日は本当にハイテンションね。 普段のヘタレさはどこにいったのか不思議なくらい 恥ずかしげもなくそんなセリフをいえるなんて。 だから、そんなセリフで顔がゆるんでいくのが止められないのは きっと先輩のテンションに中てられたせいよね。 * * * 次はこの遊園地の4大コースターで、もっとも古株ながらも いまだにトップクラスの人気を誇っていると言う 正統派王道コースターの列に並ぶことになったわ。 「ずっと立ちっぱなしだけど平気か、黒猫?」 「ふふっ、何度言わせるの先輩。そもそも何かの行列に並ぶ、 と言う行為において、私は先輩よりもはるかに上級者よ?」 「まあ経験的にはそうなんだろうけど…… だけど足腰がそんなに強いわけじゃないだろう? 黒猫は完全にインドア派なイメージだしな」 「そうね。それは否定できないけれど……コツなのかしらね。 イベント常連者はその気になれば4,5時間くらい立ち並びでも平気よ。 もっとも……」 私はそこで一旦言葉を切って先輩に艶然と右手を差し出す。 「それは果たすべき目的がある場合に限られるのだけれどもね? 目標を見据えた時の私たちは潜在能力の100%を引き出すことができるわ」 今日の目的は勿論遊園地の施設を楽しむため、だけど。 それ以上に、貴方とずっと一緒にいられるのだから、よ? 「まあ人気コースターだから待つのはどうしようもないんだけどな。 でも辛くなったらすぐに言ってくれよ。気温も上がってきたし」 「ええ、でもそんなに心配しなくてもいいのよ、先輩」 先ほどから先輩は、あらかじめ用意していたらしい団扇で 自身をぱたぱたと扇いでいたのだけれども。 本人はさりげなくやっているつもりなのでしょうけど 団扇を返すときにも力を込めて、私のほうにも 風が来るように気を配ってくれている。 スカーフといい、凍らせた水筒といい、団扇といい。 今日の貴方はこんなにも私のことを心配してくれるのだから。 むしろ待ち時間こそが今日一番の楽しみなのかもしれないわね。 ……べ、別にジェットコースターが怖いから、というわけではないわよ? 変な勘繰りをしないで頂戴。 それにもうそれも3回目。失敗は繰り返さないのが夜魔の女王というものよ。 『恋愛指南書』にも、コースター最大の攻略法は「何度も乗ること!」と 記されていたし、今日の私は一気にコースター上級者へとクラスチェンジね。 今回乗ったコースターは王道と呼ばれるだけあって コースそのものはループもなく、オーソドックスなものだった。 でも……設置当初は最高高度でギネスに乗ったと言うほどの 落差の激しいコースは、私に『心的威圧』を与えるのに 十分な力を発揮してくれたわ。 最初の70mの落下は速度こそ先のコースターには及ばないものの 直前の絶景なまでの高さと、そこから地の底までも落ちていくような 感覚が否応無しに私の心を揺さぶってくれた。 その後も最初の位置エネルギーを存分に使った 高低差の激しいコースを走りぬけ、Gでつぶれてしまいそうなくらいの U字ターンやコースターが真横になってのターンなど ループがなくとも負けないくらいの迫力があった。 その瞬間、瞬間でまたも『魂の乖離』がおきかけたものの。 こうも何度もやっていれば私のこの脆弱な身体にも慣れは生じるもの。 この烈風の衝撃も、押さえつけるGにも、今までの脅威は感じられない。 ククク、これで私は理論、実践ともにもはや完全にコースターの達人ね。 『戦闘証明済』の称号を得た私は、もう何も怖くないわ! ただ、この高低差のある落下だけは、いまだに心の底から湧き上る 不安が抑えられないのだけど。これは人の身でありながら重力という 頚木から解き放たれようとしたイカロスへの原罪、なのかしらね…… * * * 「さすがに3つも乗ったらこんな時間か。そろそろ昼飯にするか?」 「そうね……でも『四大魔奔機』も後一つなのでしょう? それならお昼の時間を過ぎて混み合う前に済ませてしまって ゆっくりとお昼にしたほうがよいのではないかしら」 「それもそうだなぁ。よし、ならもう一つ頑張っとくか」 それにお腹に何か入れてしまうと、気分も悪くなりやすいと 『恋愛指南書』にも記述があったわ。もっとも既にここのコースターは 見切ったも同然の私にそんな忠告は用を成さないのだけれども。 「でも最後に残ったのは、ここでも最も激しいコースターらしいぜ?」 「そう……つまりは私たちの聖戦は、最後にして最強の相手を 迎えたと言うことね。ククク、これから始まる最高の戦いを前にして 我が魂も歓喜に打ち震えているわ」 「いったいお前は何と戦っているんだ…… ま、まあ、黒猫が楽しみにしてくれるなら俺も嬉しいよ」 いまだに『前世の記憶』が戻らずに、先輩と私とは同じ価値観を 共有できないのが残念だけど、その上でも私の話を無碍にすることなく 真正面から受け止めて言葉を返してくれる。 今まで私の話を聞いて、そのまま流すならばともかく 馬鹿にしてくるような不埒な輩が多かった私の人生において それがどれだけ嬉しかったことか。 きっとそんな経験のない貴方には判ってもらえてないのでしょうけれど。 いつか、いつの日かきっと貴方にそのお礼を返したい。 できればそう……貴方と私の一生をかけて、ね。 「最強のボス、にしては思ったよりはスピードは出ていないわね?」 行列に並んでいるところからも、最後のコースターが稼動している様子は しっかりと確認できた。今までのコースターと比べれば、特に高さもなく スピードもなく、また鋭角な落下なんてこともないようだけど。 「ああ、でも見てみろよ、黒猫。あのコースターの動きを」 「え……?ま、まさかあれって座席そのものが回転するというの……」 「ああ、だから総回転数14回ってギネス記録を打ち立てているらしいぜ」 こ、こんな変態コースター、よくも思いついて実現できてしまうものね。 本当に『此方の世界』の技術力にも侮れないものがあるわ。 それにしてもこんな動きのコースターはシミュレーションの中でもなかったし そもそもコースそのものは今までのものと比べればむしろ大人しい。 だけどその上で座席そのものが前後に回転するなどという 4次元の動きは他に比べられるものもなくて、きっと実際に 乗ってみるまではその真価はわからないのでしょうね。 ふっ、面白いわ。それでこそ最後のボスに相応しいと言うもの。 貴方の挑戦、夜魔の女王として受けてたちましょう。 こ、声が震えているぞって?五月蝿いわね、呪うわよ? 「それにしても、ここのコースターは割と静かだなぁ。 他の所はみんなの叫び声でうるさいくらいなのに」 「そうね……きっと単なる人間風情には恐怖のあまり 声をあげることすら叶わないのではなくて?」 「ああ、なるほど。さすが黒猫の洞察力だな」 なにせ身をもって理解しているのだから……ね。 いよいよ次が私たちが乗り込む番になった。 目の前でみると座席の縦回転を実現するために やけに横幅の大きなコースターなのね。 それはつまり、コースから大きく横にはみ出した状態で さらに回転するということで……レールも見えずに地面を 見下ろした時を想像して、思わず生唾を飲み込んでいた。 心なしかふらついた足元が先輩に見えていないかと気が気でなかったわ。 「見ろよ、黒猫。最初は逆さになった状態で発進するんだな」 まわりで係りの人たちがいっせいに、ここのコースター名の由来となった 言葉を声高に囃し立てている中、直前のコースターが天地逆になった状態で コースを進んでいった 「本当、独特の雰囲気で『聖戦』を盛り上げてくるのね」 「ああ、でもだからこそ『楽しめそうね』、なんだろ?」 「ふっ、貴方もようやく判ってきたようね?」 「当然だろ?俺だって同じ思いなんだからな」 きっと先輩は意識していたわけではないのだろうけど。 先輩とのやりとりで先ほどまでの緊張した心が少しは落ち着いてきたわ。 いえ、でもひょっとすると。 先輩が本当の意味で私と『同じ思い』というのなら。 先輩も少しは不安を感じていて、それを紛らわすために……? そんな先輩の意外な一面を想像すると、既にオーバーフローしているはずの 貴方への愛おしさが、さらに加算されていく気がするわ。 いよいよ私たちの乗り込んだコースターが発進した。 前の人たちと同じようにすぐにコースターは上下逆さになり そのまま背中からコースター定番の最初の上り坂を進んで行く。 そんな不安定な姿勢がいやがおうにもこれから訪れる衝撃への 不安を掻き立てる。 そしてゆっくりと流れていた風景が止まったと思った瞬間に。 私たちは頭から一気に落下した。 「ーーーーーーーっっっ!!!!!????」 天と地もわからない状況。自分の頭と足がどちらを向いているのか。 そも今自分はどっちに向かって進んでいるのか? レールを滑り落ちながら、振り子のように前後に回転する 座席の動きで、三半規管がまともに動作してくれず 自分の状況が全く把握できない焦燥感と。 ふいに目の前に広がった地面と浮遊感と。 直後に身体を捉えたどこまでも墜落していく感覚に。 私の意識も闇に落ちていった。 * * * 闇、闇、どこまでも続いていく漆黒の闇。 全てが真っ黒で比較するものなどないというのに 進んでいることだけは感じることができる。 いえ、進んでいるのではなく……落下しているのね。 先ほどまでこの身を苛んでいた不快な感覚そのままに 私の身体は堕ち続けている。 唐突にその闇が開け、眼前に何かの景色が広がった。 振り続ける冬の雨、頼りなく照らす街灯、そして向かい合う二人の男女。 その景色が広がったと言うのに私の身体は落下を止めない。 でもその風景に近づくこともない。 只々その風景を見続けながら、どこまでも私は堕ちていくのだ。 永遠に近づけない。近づくことは決して叶わない。 不意に何かを叫びだした男性。でもその内容は聞こえない。 そのはずなのに掻き毟りたくなるくらい、胸の奥がざわめく。 長い長い雄叫びが終わり、それを受けて今度は女性が動き出す。 薄く笑みを浮かべながら何かを男性に告げたあと おもむろに取り出したノートを。 びりびりと破り捨てる。丹念に、丁寧に、跡形もなく。 全てを破り捨てた後、耐え切れなくなったように崩れ折れ。 声なき慟哭をあげた。 -ふふっ、どう?これが貴方の目指した『理想の世界』の結末よ いつのまにか風景の中の女性はいなくなり、私の眼前に現れていた。 闇そのものが夜魔の女王の衣装を纏った姿で。 -私は……そうね、復讐の天使『闇猫』とでも呼んで頂戴 私の考えを見透かしたように『闇猫』は応えた。私と同じ声なのに まるで地獄の底から響いてくる呪詛を孕んだ魔王の声ような冷酷さをこめて。 -ククク、何を驚いているの?貴方は私、私は貴方。 貴方の考えなど手にとるように判るわ -でも、ここはどことかくだらない質問には いちいち応えるつもりはないけれど -私の目的だけは聞かせてあげる -私はこの名の通り、復讐するために来たのよ。貴方にね 私が何かを頭に思い浮かべるたびに 『闇猫』はそれに応えるように言葉を続けていく。 -ふっ、見縊らないで頂戴。あの結末は、私とて最初から覚悟していたこと。 そんなことで貴方にとやかくいうつもりはないわ -ただ貴方はその過程で一つだけ許せないことをするわ。 貴方と同じ私にも、いえ私だからこそ決して許せないことを、ね -今日のデートは楽しかったかしら?京介との仲も深まって さぞかし嬉しい1日だったのでしょうね。でも、それでも…… 『闇猫』は一旦言葉を切ると、私に背を向けた。 -貴方は明日、こんなにも貴方を好きだと言ってくれる 京介を裏切るのでしょう? 『闇猫』の声に応えて、目の前の風景はいつの間にか変わっていた。 夜空を飾る光の華と大地まで轟く鳴動。 そして……それを見上げる瑠璃色の浴衣姿の私と先輩。 不安げな私を元気づけるようにまぶしい笑顔を向けてくれている先輩。 その顔を見て、私も自分でも覚えがないほどの笑顔に変わっていた。 -そう、それは貴方の『運命の記述』通りだものね -でもそれに振り回された京介はどうなるの? 『闇猫』が再び私に振り返る。その顔は闇そのものだったけど…… その眼には強烈なまでの私への憎しみの炎が燃え盛っていた。 -大好きになった貴方が理不尽に目の前からいなくなって 京介がどれだけ傷つき、悩み、そして絶望することになるのか 貴方は本当にわかっているのかしら? -たとえ理解していたとしても、親友のためと言い訳を作り、 京介の優しさに甘えている貴方には同じことだけど。 -だから私は貴方を絶対に許さない。京介を裏切り、京介の心を弄び そして私に右手を突きつける。地獄の審判者が罪状を糾弾するかのように。 -私の愛する京介の心に、深い深い傷をつける貴方をね! 『闇猫』の闇の右手から、周囲の闇よりなお暗い暗黒の奔流が放たれた。 奔流に吹き飛ばされ、私の身体は吹き荒れる嵐の中の木の葉のように 闇の中をただただもみくちゃに舞い続けた。 -せいぜい今日という日を大切にすごすことね。 明日からの貴方は、私の復讐の炎に焼かれ続けることになるのだから。 -例え貴方の身体が滅んでこの世界から消え去っても…… 来世でも、その来世でも、未来永劫に、ね…… その言葉を最後に再び世界が闇一色に世界が覆われる。 と、同時に永遠に続くと思えた堕ちていく感覚が不意に途切れた。 たゆたう闇のなかでまたどこからか声が聞こえてきた。 先の『闇猫』の声とは違う、とても暖かで力強い声が。 * * * 「……ろ猫!黒猫!!大丈夫か!?」 周囲の闇が消え去ってから私が始めに見たのは 私に向かって懸命に声をかける先輩の姿だった。 ……え、先輩?私は……それに『闇猫』は? 「眼が覚めたか、黒猫!?大丈夫なのか?おかしなところはないか!?」 「……ええ、大丈夫、大丈夫よ、先輩…… だからそんなに慌てた声を張り上げないで頂戴……」 いまだにぼんやりとして働いてくれない頭を軽く振ってみて 意識を徐々に覚醒させると、今の状況が漸く飲み込めてきた。 どうやらコースターの途中で完全に意識を失っていた私は 先輩が必死になって私に呼びかけてくれたおかげで 気がつくことができたらしい。 ほどなくゴールにコースターが滑り込んだ。 私は思い通りに動いてくれない自らの足を叱咤してコースターを降りると すぐに先輩が私のもとに駆け寄ってきた。 「黒猫……無理に歩かないで医務室にでも行って診て貰おう」 「大丈夫よ、先輩。ここのコースターが思った以上に凄かったから 怖さのあまりに意識が飛んでしまっただけなのよ。 まったく我ながら情けないことね」 「……でもな、黒猫」 先輩はまるで泣きそうな顔をして私の顔を覗き込む。 その顔を見て、胸がずきりと痛んだ。 『闇猫』から暗黒の奔流を受けたところと同じ箇所が。 「まるで血が全身から抜けてしまったように顔が真っ青なんだぞ?」 「こ、これはいつもの貧血よ。だからちょっと休めば大丈夫。 外に出てから少し休憩しましょう?お昼も食べないといけないし」 先輩から顔を隠すように慌てて視線をそらせた。 今、貴方のそんな顔をみたら泣きだしてしまいそうだったから。 実際の所、身体は鉛を詰められた様にだるく 乗り物酔い特有の気分の悪さがあるのは間違いがなかった。 インターバルがあったとはいえ連続で4つもの上級コースターに乗り続け またそのインターバルにしても、真夏の暑さの中でじりじりと体力が 削られていたため、なのでしょうけど。 でも今の私の気分を最悪に沈めている最たる理由は 闇の中で『視た』予想通りの結末と、目的達成のためと 極力割り切って無理やりに心の奥に押し込めていた罪悪感と。 その2つを一気に目の前に突きつけられて心が悲鳴を上げていたから。 だから今の私は、最愛の人に救いを求めたくて 子供のように先輩と離れたくないと駄々をこねていたのだ。 そうでもしなければ、闇の中で穿たれた心の痛みに 耐えきれなくなってしまいそうだったから。 「……わかった。でも俺が見て少しでも黒猫の様子がおかしいと思ったら 今度は黒猫がなんといおうが問答無用で連れて行くからな」 「ええ、そういう先輩には何を言っても無駄だと判っているわ」 私の様子に何かを感じ取ったのか、珍しく先輩が譲歩してくれた。 ひとまず外に出ようと一歩一歩なんとか足を動かす私を 先輩はバスケットを介して私を導き、身体を支えてくれていた。 アトラクションを出てすぐの木陰になったベンチに先輩は私を座らせると すぐに先の水筒を私に差し出す。今更ながらに喉がカラカラに 渇いていたことに気がついて、一息に冷たい麦茶を飲み込んだ。 ようやく体調としては落ち着いてきたのだけれど 相変わらず心の中は散々にかき乱されていたままだ。 水筒の心地よい冷たさを握りしめたまま、隣に座った先輩から 伝わるぬくもりを頼りに、心の中の暴風が静まっていくことを ただひたすらに待ち続けた。 ……いまさらあんな物を見たくらいで動揺してしまうなんて。 私には判っていたことでしょう。たとえあの結末に至るのだとしても 私は私の『理想の世界』を追い求めるのだと。 でも私自身の痛みは自分の責と耐えることはできたとしても。 貴方が私のために傷つく痛みはどうすればいいというの? その答えを見出せないまま今日まで来てしまったのも事実だった。 もう猶予は明日までしかないというのに。 「……ごめんな、黒猫」 「……それは私の台詞ではないかしら。 先輩に謝ってもらうようなことは何もないと思うのだけれども」 先輩のことだから私が気を失うようなことになったのは 自分が気付かなかったから、とか言い出すのでしょうけど。 「さっきも言ったけれど、今回のことは完全に私の不注意よ。 体調管理にしてもそうだし、他のコースターで調子に乗ってしまって 心構えが足りなかったこともあると思うわ。いずれにしてもその失態に 関しての責めと弾劾は当事者たる私が負うものであって」 しっかりと先輩の目を見据えながら続ける。 ……大丈夫、もう貴方の顔を見ても落ち着いて話せている。 「私に心配をかけさせられた先輩が自身を責めるようなことではないわ」 先輩も私の目を真っ直ぐに見つめ返していたのだけど ふっと目線をそらしたかと思うと、深く溜息を吐いた。 「はぁ……本当おまえはどうしてこう……そんなにも頑ななんだろうなぁ」 それはそうよ。好きな人に理不尽に頭を下げさせるなんて真似 できるわけがないじゃない。それが私のせいならなおさらね。 「わかったよ。じゃあ俺はお前を怒ってやらないといけないわけか」 「ええ、そうね。どんな責句をも浴びる覚悟でいるわよ。 『口先ばかりで無様な醜態を晒したチキン野郎』とでも何でも罵って頂戴」 「気を失った彼女にそこまでいう俺はどんだけ鬼なんだよ!?」 いつもの調子で突っ込みを入れてから、先輩は居住いを正してから続けた。 「……まあなんだ。調子が悪くなっていたならすぐに伝えてくれよ。 それがたとえお前の責任だからって心配しないわけにはいかないんだ」 「それは先輩が救いがたいほどのお人よしだから?」 「茶化すなよ。最後まで言ってほしいならここで改めて宣言してもいいぜ?」 「いいえ、わかっているからそれには及ばないわ」 思った通りの反応を返す先輩に、私も いつものやりとりのように くすくすと芝居がかった笑みを浮かべながら応えた。 大丈夫、すっかり元通りの私たちだわ。 そして改めて先輩をまっすぐに見つめて……素直な気持ちで頭をさげた。 「心配をかけてごめんなさい、そして心配してくれてありがとう、先輩。 次からは、辛い時にはしっかりと貴方に伝えることにするわね」 「うむ、素直で大変よろしい。約束だからな? よし、それじゃあお待ちかねの昼飯にしようぜ。 安心したらすっかり腹が減ってたのを思い出したよ」 「ふふっ、そうね。じゃあ今日の昼餐としましょう」 さっそくバスケットからカツサンドや手ごね肉団子 アスパラのベーコン巻き、サラダパックなどを取り出して 二人の間に並べていった。 言葉通り、本当にお腹がすいていたらしい先輩は あっという間に先輩の分のカツサンドやおかずをたいらげてしまって 早くもデザートに焼いたチーズケーキにまで手を伸ばしていた。 「……先輩の食べっぷりをみていたらこちらまでお腹一杯になってしまったわ」 「ん、なんなら黒猫の分も食べてやろうか?」 「莫迦いわないで頂戴。先輩は今食べた分で 高校男子としては十分な栄養を取ることができたはずよ」 「お前も麻奈美みたいなことまで気を配っているんだなぁ。 でも黒猫の料理ならいくら食べても足りないくらいなんだぜ」 まったく彼女とデートだというのに、他の女性の名前を出すなんてこの人は。 でもすかさずフォローが入ったから今回は帳消しにしてあげる。 「そういってくれるのは嬉しいけれど、食べすぎは身体に悪いわよ。 でもどうしてもというなら……こっちのサンドイッチを食べてみる?」 「いいのか?でも、黒猫はあまり食べてないんだろう。 それこそしっかり食べておかないと身体に悪いじゃないか」 「大丈夫よ。こんなこともあろうかと、このサンドイッチは 先輩のお代わり用に用意しておいたものだから」 「まったく、今すぐにでもうちの台所を任せたい主婦レベルだよ、黒猫は」 それは果たして高校一年生の女の子に対して褒め言葉なのかしらね? で、でも聞きようによってはプロポーズみたいね…… そちらがその気なら……私も攻勢にでてみようかしら。 「ふふっ、でもその代わり、もれなく私が食べさせてあげる オプションサービスがつくのだけどね」 「黒猫さん、さすがに場所が場所だけに、通行人の視線が気になるんだが……」 「これも私たちの乗り越えるべき運命だと思って諦めなさい。はい、あーん?」 改めて思い返すとバカップルなんてものじゃないやりとりだけど。 このときは極限まで落ち込んでいた気分を『異相反転』させるためには これだけの劇薬を投じる必要があったのよ?察して頂戴。 結局先輩もノリノリで食べてくれたし、道行く人たちの視線が生暖かかったり 時には爆裂魔法を込めた禍々しい邪眼まで感じられたけど 私たちの『神愛なる聖餐』の前には無力に等しかったわね。 * * * 「さて、帰りのことも考えるとそろそろいい時間だけど 黒猫はどこかいきたいアトラクションはあるか?」 「そうね。できればこれに乗ってみたいのだけれど」 園内マップにある一つのアトラクションを私は指差した。 「観覧車か。今からなら帰りの電車までに間に合いそうかな」 「ええ……でも先輩は観覧車だと退屈ではないかしら?」 「いやいや、観覧車は俺も小さい頃から大好きだったぜ? その昔には、桐乃にせがまれてデパートの屋上で 1日中乗り続けたこともあるくらいだ」 「……貴方のどうしようもないシスコンっぷりはよくわかったから 早速並びにいきましょう」 さすがにジェットコースターと比べれば行列の人数も少なく 程なく私たちの番になったのだが。 「……こ、これは壁も床も透けて見えるということかしら」 「今日はついてるな、黒猫。確か4台しかない透明ゴンドラだよ」 ま、まあせっかくの機会なのだし、儀式の遂行には むしろ望むところなのかもしれないわね。 透明の床はどことなく頼りないものの、ゴンドラに乗り込んだ 私たちは、向かい合って席に腰掛けた。 日はすでに山間に隠れようとしていて、私の今日予定していた もう一つの儀式にはうってつけの時間になっていた。 --先輩と、一緒に夕焼けをみる 夏の強い太陽は秋のそれのように鮮やかな夕焼けを 作り出してはくれなかったけれど。西の空が赤く暮れなずむ様を 二人ともしばし無言で眺めていた。 透明なゴンドラを通して私たち二人の世界を赤に染め上げる紅の光。 今日という楽しい一日に終わりを告げる刹那の刻。 どうして夕焼けはこんなに切ない気持にさせるのに 恋人同士でみるものなのかしらね…… これで今日の儀式も無事に終わり、『運命の記述』に従えば この宝石のような、輝く夢のような時間も明日で一つの終わりを迎える。 先に突きつけられ、無理やり押し込んだ胸の痛みが 切なさとともにぶり返してくるようだった。 「黒猫」 「なあに?先輩」 酷く切迫した雰囲気を纏った先輩の声に私の意識は呼び戻された。 胸の痛みをも振り払うように、私は恋人同士が呼び合うような 甘い響きを精いっぱいこめて返事を返した。 「……いなくなったり……しないよな?」 まるで名探偵に真相を言い当てられた犯人のように。 長年隠し続けてきた秘密を突然に暴かれた罪人のように。 真実を見透かされた私の心は無様なほどの驚愕に彩られた。 「……突然何を言い出すの、先輩?」 それでも私の口から出た言葉は本心とは裏腹に努めて冷静を保っていた。 普段の私の本当の気持ちを覆い隠し、無感情を装うためのマスケラの仮面。 長年培われてきたその力を今ほどありがたいと思ったことはなかった。 「いや、ごめん……何いってるんだよ、俺は…… ……ただ、夕日に照らされた黒猫の横顔を見ていたら、なんだか」 先輩の声には、母親に置き去りにされた子供のようなおぼつかなさと 悲しみがにじみ出ていた。 「なんだか……黒猫がふいに消えてしまうような気がしたんだ……」 「そんなわけはないでしょう?いくら私にそんな能力があったとしても…… あなたをこんなところに一人残して使うような酷い真似はしないわ」 -嘘だっ!貴方はまさに明日、それを実行しようとしているのでしょう!! 心の闇からそんな糾弾の声が聞こえた気がした。 「そう、そうだよな……本当、俺はどうかしているのかもな」 「貴方がどうかしているのは今に始まったことではないけれど…… 何か気になることでもあったのかしら?」 ひょっとすると私の今までの言動に 先輩はなにか予感めいたものを感じたのかもしれない。 でも帰ってきた先輩の答えは私の予想外のものだった。 「いや、そんなことはない……いや、あるのか、な。 なあ黒猫、俺はようやく今日になってわかったことがあるんだ」 「……なにをかしら?」 「お前がいつもどんな思いを込めて俺たちのデートの内容を考えていたのか。 そしてどんな気持ちでそれを実行していたのかを」 先輩はまっすぐに私を見つめながら穏やかな声で話を続けた。 そこには先ほどの不安げな様子はすっかり影を潜めていた。 「初めてデートした時、お前が『神猫』の姿で現われて、その日1日 珍しくハイテンションでいたかと思うと、弁当を食べた後には途端に 弱気になったりしたのが俺には不思議だったんだ」 「あの時は単純に、ああ黒猫もデートを楽しみにしてくれていたんだ、 でもこんなに可愛いのに相変わらず自己評価が低いのが もったいないなって思ったくらいだった」 悪かったわね、あの日は私もいっぱいいっぱいだったのよ。 「でも今日、いや昨日の晩から、かな。 はじめてデートの内容を自分で決めようと思ってから」 「桐乃や沙織、日向ちゃんにまでアドバイスをもらいながら ネットで調べまくって行く場所を考えたり、アトラクションの 内容を予習したり、行列待ちになる準備を考えたりしながら」 ……やっぱり日向はお仕置き確定ね。 「黒猫が喜んでくれる姿を想像したら床を転げまわるくらい嬉しくなったし うまくいかなければ黒猫に幻滅されるんじゃないかって思うと 不安で切なくて一人で落ち込んだりもしてた」 「今日になったらなったで今まで以上に 黒猫の一挙手一投足が気になって仕方なかった」 「コースターは喜んでもらえるようで安心したし 待っている間も楽しそうにしてくれていたのが俺も嬉しかった」 「でも俺が浮かれすぎたばかりに、本当は黒猫に無理をさせていたことに 気がつかなかった自分が心底許せなくて」 「今だって黒猫に嫌われたんじゃないかって不安で一杯だったんだ。 だからあんなことを思っちまったりもして」 ……そんなこと……あるわけないじゃない…… 「それでようやくわかったんだよ。俺たちが付き合いだしてから、 いやひょっとするとそのずっと前から黒猫はそんな気持ち だったのかもしれないけど」 「好きな人のために、って考えて、行動することが こんなにも楽しくて、嬉しくて、不安で、苦しいってことが。 そしてその分だけ、ますます好きになるんだってことが。 黒猫と恋人になったってのに俺はそんなことにすら気が付いてなかった」 「だから、さ。さっきは謝らせてもらえなかったけど やっぱり黒猫にしっかりと謝っておきたいんだ」 先輩は揺れるゴンドラを気にせずにその場にすくっと立ち上がり。 「恋人の好意に甘えるばかりで、全然恋人の気持ちに気が付いて やれなくてごめんな。いつもこんなにも大変なことを 任せっぱなしにしていてごめんな」 深々と私に頭を下げた。 「だからこんな恋人失格な俺でも愛想を尽かさずいてくれるなら」 「また俺にも考えさせてくれよ。 デートだけじゃなくて黒猫のことをもっともっと」 「だって俺は……お前の彼氏なんだからさ」 もう限界だった。 両目に熱いものがこみ上げてきたと思ったときには、涙のしずくが 止めどなく溢れ出していた。それを隠すべく両手で押さえて 顔を伏せたものの、口から洩れでる嗚咽までは隠しようがない。 「う、うぅうぅぅ……」 「く、黒猫!?」 突然泣き伏した私に、先輩が慌てて声をかけるが 私も今は応えられるだけの余裕がなかった。 「うわあああああぁぁぁぁ~~~~~」 もはや隠すだけの余力すら無くなり、私は大声を出して泣いていた。 人前でこんな泣き方をしたのはいったいいつ以来だろう? それは『運命の記述』の『慟哭』の絵に似ていたかもしれない。 でも流しているのは血の涙ではく、熱い想いの丈だった。 嬉しかった。こんなにも想ってもらえていたことが。 誇らしかった。真摯な決意を向けてもらえたことが。 報われた。ここまで私の気持ちを理解してくれていたことが。 愛おしかった。己の不安を隠さずに私に伝えてくれたことが。 安心した。私だけが不安に包まれていたわけではないことが。 そして。 悲しかった。先輩への想いが全然足りていなかったことが。 情けなかった。先輩だけに懺悔のような告白をさせてしまったことが。 悔しかった。先輩の気持ちに気がついてあげられなかったことが。 憎らしかった。素直になれずに本心を打ち明けられない自分が。 許せなかった。こんな先輩の気持ちを、私は踏みにじろうとしていたことが。 先輩を想う様々な感情がすべて極値まで振り切って爆発してしまい もはや私の心では制御不可能な状態だった。 * * * 『理想の世界』に至る唯一の方法は桐乃と先輩が本心を伝えあい その上で桐乃に私と先輩の仲を認めてもらうこと。 そうでなければどこかで3人の関係は壊れてしまう。 でもあの二人が本当の意味で本心に気が付いてしまったら。 きっと私の入りこむ余地などなくなってしまう。 そんな諦観にも似た確信が、『理想の世界』に私自身の居場所を 書きこむことを許させず、『慟哭』が訪れることを予感させた。 なればこそ、私は捨て身で行動するのみだった。 たとえそれで私の心が引き裂かれようと私が耐えればいいだけのこと。 今までも、そしてこれからもそんなことには慣れている。 そして先輩が傷ついてもきっと桐乃のためなら立ち直れる。 本当の気持ちを伝えた桐乃が先輩の痛みも癒してくれる。 そう確信できるだけの事例を私はつぶさに見てきたのだから。 でも本当にそうなのだろうか? 桐乃の盗作問題の時のように、己の負の感情を、弱い自分を自覚してなお 妹のために行動できる先輩だけど、その裏ではいつだって行き場のない わだかまりをどうにかしようともがいているのだ。 そして今、あの時のように、先輩は己の弱さをさらけ出した上で 今度は私の弱さをも互いに共有しようといってくれている。 一人では辛くて泣いてしまいそうな時でも二人でいれば耐えられる。 先輩はきっとあの時に私と同じようにそれを悟ったのだろう。 それこそがこのわだかまりを、立ちふさがる問題を乗り越える力となることが。 それなのになぜ私は3人の幸せを考えているはずなのに 一人だけでそれをなそうとしていたのか。 それは私自身が私に下す自己評価が最低だから。 そんな私が全力で先輩と桐乃と向き合うことが怖くて怖くて仕方がないから。 本当の私はこんなにも怖さと痛みに弱いから。 だからせめて大切な二人だけでも理想に導こうとした。 あわよくばおこぼれをもらえることすら期待して。 こんな私に先輩はこんなにも真摯でいてくれているというのに。 先輩だってずっと怖さと痛みと戦っているというのに。 だからもう逃げるのはやめよう。 親友のためと割り切ることも、ひとりで黙って行動することも。 私は今度こそ全力で、私の血の一滴、魂の一片まで 私の全てを賭してそれぞれの想いに向かい合い そしてそれらを昇華して私の想いをも成就しなければならない。 そのための怖さも痛みも大切な人たちと分かち合って。 そうでなければ……本当に嘘でしょう? * * * 私の左手を包み込む暖かなぬくもりと規則的に刻む振動を感じた私は 対面に座っていたはずの先輩がいつの間にか私の横に腰掛けていたことに ようやく気がついた。 先輩は私の左手を優しく握って、先輩の胸の上、 ちょうど心臓の上に押しあてていたのだ。 いつもの私なら慌てて飛び退くところでしょうけど…… 全力で泣き疲れていた私にはそこまでの力が残っていなかった。 そのまま先輩のぬくもりと心臓の鼓動を感じていたら いつのまにか流れ落ちる涙は止まり、嗚咽の声も消えていった。 「落ち着いたか、黒猫?」 うなずくことで同意を示す私。 たぶん喉がかすれてうまく声を出せる自信がなかったから。 「そうか、よかった。 もし嫌じゃなければ降りるまでこのままでもいいか?」 再びうなずく私。今まで私を緊張させて仕方がなかった 大好きな人の手のぬくもりが、心臓の鼓動が こんなに安らげるものなんて思いもしなかった。 「昔俺がまだ小さかったころ、飼っていた小鳥が死んで 泣きやまなかった俺にお袋がやってくれたのを思い出したんだ。 赤ん坊が母親の心音を聞いていたころを思い出して落ち着くんだってさ。 まあだから男の俺がやっても効果があるかは微妙だったんだけど」 私は今度は首を軽く横に振って、そんな心配はないことを先輩に伝えた。 互いに言葉はないけれど穏やかな空気が生まれる。 いつもの私と先輩の安らいだ空気。でもいつもとは違う二人の距離。 落ち着いてきたのはいいけどそれを自覚すると やっぱり恥ずかしさが胸の奥から沸々とわきあがってくる。 今のシチュエーションもそうだし、先輩の前で大泣きしてしまったこと。 そして今でも泣き顔を見られてしまっていることも。 その時になって私はようやく先の自問に解答を見いだせた。 なるほど、夕焼けを恋人同士でみるというのは。 泣きはらした目も、恥ずかしくて赤くなった顔も すべて夕焼けが赤く覆い隠してくれるから……かしらね。 * * * 「ねえ、先輩」 「なんだ?黒猫」 観覧車から降りたあと、私たちは遊園地に隣接する駅に向って歩いていた。 閉園時間ぎりぎりであれほどいた人の数もまばらになってきているが 私たちは相変わらずバスケットを介して手をつないでいた。 「人生相談があるの」 「そうか、安心したよ」 「……その反応は予想外ね」 「だって黒猫は俺との約束を守ってくれるんだろう? 『辛いときには俺に伝えてくれる』ってな」 「そう……ね。だから私の悩みを聞いてほしいのよ」 「ああ、なんでも言ってくれ。さっきもいっただろう? お前のことなら俺にもどんどん考えさせてくれってさ」 私はハンドバックに入れていた『運命の記述』を取り出し とあるページを指し示す。 --先輩と、花火を見る 「これが明日の儀式なのだけれど、実はこの後の儀式に関しては まだはっきりした形では決めていなかったの」 だって本当は、明日にはこの夢のような時間が終わるはずだったのだもの。 その次のページにそれはすでに書きこまれていたのだもの。 「だから先輩。明日、港の花火大会を見終わったら」 でももうそんな未来は選ばない。 初めて私は私自身が記した『運命の記述』に反した行動を取る。 「私の……話を聞いてくれる? これからの私たちのことでたくさん相談したいことがあるの」 だって運命は打ち破られたのだから。貴方の聖なる剣によって。 「ああ、そんなことならお安い御用だ。もう夏休みは終わりだけど 2学期も冬休みも3学期も。そして俺が大学に受かってからのことだって」 だから『真・運命の記述』としてもう一度紡ぎ直そう。 今度は私だけではない、私たちの目指すべき『理想の世界』として。 「いっぱい話して決めていこうぜ。だって俺たちは」 そして桐乃はもちろん、沙織や瀬名、田村先輩、日向や珠希、ゲー研の皆、 先輩や私の両親も、私たちに関わるすべての人の想いをも取り込んで。 「恋人同士なんだからな!」 「……うん」 皆が幸せに笑っていられる結末を迎えるために。
https://w.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/86.html
夏休みも残すところあと数日。 私は、二人の下僕 しもべ と共に、秋葉原を散策していた。 本来であれば、私のような闇夜の住人には、この日差しは毒である。 しかし、薄い妖気の膜で全身を覆うことで、 日光から身を守っているため問題はない。 「ちょっ、あんた顔真っ赤だけど大丈夫?」 「平気よ、薄い妖気の―――」 「はいはい邪気眼乙。ねぇ沙織」 桐乃が沙織の方を向くと、沙織はすでに周囲を見渡し、 手ごろなカフェを見つけていたようだった。 「そうですな、少し休憩としましょうぞ」 「へ、平気だと言っているじゃない」 「いえいえ、拙者たちにもこの日差しは、ちとキツいのでござるよ」 「そ……それなら仕方ないわね」 「うむ、かたじけない」 私くらいの魔力を秘めていれば、どうということもない日差しでも、 軟弱な人間ともなれば、そうそう耐えられるものではない。 仕方なく、私は二人と共にカフェに向かったのだった。 ◇◇◇ 「つまり、黒猫氏は、京介氏に『瑠璃』と呼んでほしい、と」 「ち、違うわ。い、今挙げたのは例えばの話で……」 ま、まったく。 なぜ時折、沙織は日本語が通じなくなるのかしら。 今私たちは、近場のカフェで一休みしている。 今日の戦利品のお披露目も一通り終わったところで、 先輩―――桐乃の兄であり、私の恋人―――の話になったのであった。 「私はただ、恋人になっても、別に前と変わらないと言っただけで」 それに急に『瑠璃』だなんて呼ばれたら、恥ず――― こ、困惑してしまうじゃない。 「普段の変態ぶりから考えると、すぐにでも襲ってくるかと思っていたのだけど」 「京介氏のヘタレっぷりは筋金入りですからなぁ」 「ったくあのバカ兄貴は……」 そう言いながら、少し嬉しそうにしている桐乃。 ……はぁ、とんだブラコンね。 「そんなに焦るつもりもないから別にいいのだけど」 「でもさ、兄貴ともっと恋人っぽくなりたいんでしょ?」 「そ、それは……え、えぇ……まぁ、そうね」 「だったら沙織の言うように、呼び方変えるのはいい手だと思うよ?」 ずいぶんと簡単に言ってくれるわね。 ……正直に言ってしまうと、私だって何度か変えようとしたわ。 でも、彼を名前で呼ぼうとする度に、私の頭は真っ白になってしまうの。 きっと、誰かがそうさせないように呪いをかけているのね。 ベルフェゴールかしら。 「ふむ、そのご様子だと、なかなか切り出しにくい話題のようですなぁ」 「そうね、少し躊躇してしまうわ」 「ヘタレカップル……」 「何か言ったかしら?ビッチ」 分かってはいるのだけれど、焦っても仕方ないというのも本当で。 今は、その……一緒に横にいるだけで、ドキドキしてしまうから。 それ以上のことが起こってしまったら、私の体は爆発してしまいそう。 だから、私からは踏み出せないでいるのだ。 「なるほど、ではこういうのはいかがでしょう?」 沙織は、何か思いついた顔で、人差し指をピンと立てて言った。 「創作物でアピールするというのは」 「……というと?」 「つまり、黒猫氏が京介氏にして欲しいことを、同人誌にするのです」 「は、恥ずかしいじゃないそんなの……」 「いえ、あくまでフィクションの話として、ですから」 なるほど。 直接は言いづらいことでも、フィクションであれば。 私にもできる、ギリギリのライン、といった感じね。 「やってみようかしら」 「あの鈍感兄貴が気付くかなぁ」 「まぁまぁ、なんでもやってみませんと」 その夜、私は精一杯の魔力を込めて、作品を書き上げた。 ◇◇◇ 夜魔の女王である私が、自分の根幹たる魔力 マナ の一部を分け与えた下僕 スレイブ 。 古より存在する契約により、彼は王たる資格を得ることになるのだが 彼はいまだに自分に与えられた魔力の扱い方を理解していない。 彼の名は京介。私が、生涯一度のみ使うことを許された契約を結んだ男。 ある日、彼は私にこう話しかけた。 「女王。貴方のことを、『瑠璃』とお呼びすることは可能でしょうか」 「ふむ」 女王である私は知っている。 下僕たる人間達は、真名よりむしろ人間としての仮の名前を使うときにこそ 特別な魔力を発する場合がある。 彼の提案の以前より、私もその方法を考慮していたのだ。 彼がより強い魔力を発するための方法として。 そして、私と彼の間に結ばれた契約をより強固にする方法として。 「許そう。私の事はこれから『瑠璃』と呼びなさい」 「ありがたき幸せにございます、瑠璃様」 そう言うと、彼は私の足元の跪き、手の甲に契約の口付けを交わした。 これは、そう、永遠の契約。 その瞬間、今までは微弱に感じる程度だった彼の魔力は増幅し、私の体を包み込んだ。 そう、これが、契約時に私が欲していたもの。 彼の抑え切れない魔力が私の中に注ぎ込まれる。 契約更新完了。 私たちはより強固な契約により結ばれたのだった。 ◇◇◇ 「どうかしら?」 「うーん……」 どうって言われてもなぁ。 俺は今、数日前に恋人になったばかりの、女の子の家にいる。 『今日は親がいないのだけれど……うちに来ない?』 なんて言われたときには、こう、色気ある展開を期待していたんだが。 彼女の部屋に入り、ドキドキしながら座っていると、突然作品を渡され 今はその作品の感想を求められている。 ってか感想以前にさ。 「なんで名前が俺達なんだ?」 「やっぱり……」 黒猫は少し諦めたような表情になって、俺の隣に座った。 あれ? 俺、なんか答え間違ったかな? 「いや、面白かったと思うぞ」 「……」 「えぇっと、もっと過激な方が読者は喜ぶんじゃ」 「もういいわ」 あっれー? 喋るほど墓穴を掘っていく気がする。 ……ダメだ。全然わからん。 「ちょ、ちょっとトイレ借りてもいいか?」 「えぇ、部屋を出て左の突き当たりよ」 ふぅ。 こういうときこそ、持つべきものは妹だ。 トイレに着くと、俺は携帯を取り出した。 妹の名前を選び、発信ボタンを押す。 『何、どーしたの?』 「ちょっと相談したいことがあるんだが」 『は?なんであたしがあんたの相談なんて聞かなきゃいけないわけ?』 それが毎度俺に人生相談してくる妹の言い草かよ! とは口が裂けても言えず。 「そこを何とか。頼れるのお前ぐらいしかいないんだよ」 『チッ。仕方ないなぁ。早くしなよ』 「えっとな」 俺は事の顛末を桐乃に説明した。 『はぁ……バカ兄貴』 「俺がバカなのはこの際いいんだけど、やっぱ俺なんかマズったかな?」 『うん。もう死んだらいいよ』 やっぱなんかマズかったんだな…… 罵詈雑言はともかく、それが分かっただけでも妹に感謝しよう。 「でさ、どうしたらいいと思う?」 『うーん……あのさ、黒いのがすごいシャイだってのは分かってるよね?』 「あぁ、そりゃな」 『だからさ、普段は兄貴に言いたくても言えないことがあるんじゃない』 「そ……そうかもしれんな。確かに」 『で、分かった?』 「……何が?」 『……』 電話越しに、妹の盛大なため息が聞こえる。 分っかんねー。 何がなんだかサパーリ分かんねーぜ。 「すまん、俺がバカなのは分かったから、もう少し分かりやすくだな」 『もう……あのね、黒いのがあんたに見せた作品には』 「あの作品には?」 『黒いのがあんたにして欲しいことが書いてあるんじゃないの?』 「……そ、そういうこと……か」 『はぁ。じゃ、忙しいから切るよ』 そうか。 ……ははは、そういうことか、もう分かったぜ! トイレを出て、黒猫の部屋に戻る。 「黒猫!」 「な、何よ」 持つべきものは出来た妹だな。 確かに俺は馬鹿だった。鈍感だった。 でも、もう分かったぜ。 シャイな黒猫が秘めていた願い。 “永遠の契約”だろ? 「黒猫、結婚しよう!」 「死ねばいいわ」 あ、あれー? 間違えたかなぁ…… 「いったい妹に何を吹き込まれたの?」 「な、なんで桐乃と電話してたのを?」 「やっぱり電話してたのね」 あぁ、なんかどんどん深みにハマってる気がする。 と、とにかく黒猫の願いを調べないと。 俺は再び黒猫の作品を手に取った。 再び目を通すと、ある一行で目が止まった。 『彼の抑え切れない魔力が私の中に注ぎ込まれる。』 そうか、そうだったのか。 俺も夜は、黒猫の事を想い悶々としていたわけだが。 黒猫もそうだったんだな。 「服を脱げ黒猫!」 「……呪うわよ」 ……お、おかしいなぁ。 これで間違いないと思ったんだけど。 思えばキスだってまだしていないんだから、 えっちは早すぎるかぁ……ん?キス? 「先輩。全然分かっていないようだけれど」 「ん?ああ……」 「別に私の願いを当てる必要はないのよ」 そういうと、俺の手から作品を取り上げた。 あぁ、唯一のヒントが遠ざかっていく。 「その、あのね、私たちは恋人になったでしょう?」 「そ、そうだな」 「でもね、今のままでは、恋人っぽくないと言うか」 「それは確かに」 俺も感じていたことだった。 もっとこう、ラブラブってのを想像していたんだがな。 実際は、今まで二人でいたときとあまり変わらない。 心地よくはあるし、めちゃめちゃドキドキはするけど。 名前で呼ぼうとかもしたけど、テンパリすぎて無理だったわけで。 チキンハート京介さんと呼んでくれて構わない。 「だからね、先輩に、その―――」 「恋人っぽいことをしようか、黒猫」 「っ!?」 ここから先を、黒猫に言わせるのはさすがに彼氏としてダメすぎるだろう。 俺は黒猫をそっと抱き寄せると、耳元で囁いた。 「目を閉じろ」 「えっ」 「いいから」 黒猫は少し驚いた様子だったが、大人しく目を閉じた。 黒猫の願い―――当たりかハズれかは分からないけど。 俺は俺のしたいことをする。 本当は今までも、ただそれでよかったのかもしれない。 俺は黒猫の唇に、自分の唇を重ねた。 「んっ……」 黒猫は、くっと体を硬くした。 ドクン ドクン 自分の心臓が大きく脈打っているのが聞こえる。 どれくらい時間がたっただろう。 現実的に考えれば、ほんの数秒だったに違いない。 でも俺は時間の感覚を失ってしまっていた。 一瞬の出来事だったような、それでいてものすごく長かったような。 ふわっとした感覚の中、静かに唇を離した。 「っはぁ……」 ずっと息を止めていた黒猫が、息を吐き出した。 顔を赤くして、潤んだ瞳で俺を見つめている。 か、かわいい。 「好きだ……る、瑠璃」 はっと目を見開いて、俺を見る。 すごく恥ずかしかったが―――やはり、名前で呼んで良かった。 彼女のこんな顔が見れたのだから。 「お前、ほ、ホントかわいいな……」 「な、何を言っているの」 恋人になるって、こういうことなのかもしれないな。 自分がしたいことを、素直にさらけ出して。 それは、いつも受け入れてもらえるワケではないのだろうけど。 瑠璃は、俺の左の袖をキュッとつかんだ。 そして恥ずかしそうにこういった。 「もう一回、キスをして。き、京介」 俺はかわいい恋人の頬に手を当てると、再び顔を近づけた。 -おわり-
https://w.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/907.html
黒猫も幼い頃は、おままごととか好きそう。珠希ちゃんは順調に黒猫の後を… -- (名無しさん) 2011-12-31 21 03 08
https://w.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/1183.html
瑠璃「あら?そこのあなた達泣いているの?なさけない雄たちね」 瑠璃「でも貴方達がそこまで応援してくれて私はとても嬉しかったわ」 瑠璃「ほら、顔をあげて、そんなに悲しまないで頂戴、貴方達には詳しく話す機会はないかもしれないけどあの後も色々な騒動があったのよ?」 瑠璃「本当に、ほんとうに…大変なのだったから…でもね。これだけは教えてあげるわ」 瑠璃「私、五更瑠璃は今とても幸せです世界で一番一番幸せよ?ふふ」 瑠璃「あら…もうこんな時間”あの人”のところにいかなくちゃ。いや…”あの人たち”かしら?」 瑠璃「この物語を最後まで見届けてくれて私を愛してくれてありがとう。最後にあなた達に呪いをかけてあげるわ」 黒猫「これが私の”黒猫”としての最後の呪いよ!!」 黒猫「私を好きになってくれた全ての人たちに聖なる祝福あれ!」
https://w.atwiki.jp/fsss/pages/11.html
拾い物 拾い物 拾い物 拾い物